第7話(4/5)
☆
「あいつんち、もしかして金持ちか……」
目的地に到着した俺は、唖然としていた。
五十階近くはあるだろう高層マンションは、敷地内に水路があったり高台が作られていたりとやたら充実している。建物内部もエントランスは広いわ装飾が豪華だわ、明らかに普通のマンションとは格が違うものだった。
集合玄関機に部屋番号を打ち込み、姫宮の応答を待つ。しばらくあって、ブツリと通話が繋がる音がした。
『ごめんなさい寝てました』
「いいよいいよ」
『開けますねー……』
寝起きだからだろうか、なんだか電話した時より元気がないように思えた。
長い長いエレベーターを終え、角にある姫宮宅のチャイムを鳴らす。すぐに鍵が開いた。
「いらっしゃいです……」
「おう……重症そうだな……」
淡いクリーム色のパジャマに身を包んだ姫宮の顔には、その三分の二を覆うであろう大きなマスクがなされ、下ろした前髪から冷却シート覗いていた。おかげで素肌はほとんど見えない。
「センパイ待ってる間に少し寝たら、熱上がっちゃったみたいで……。あ、これ付けてください」
「おうさんきゅ」
そう言ってマスクを渡される。付けてみると普通に丁度良くて、姫宮の顔が小さいんだと感じた。
「うへへ……ペアルックですね」
「……口だけは元気だなお前」
姫宮に案内され、広々としたリビングを抜け、自室に通される。パステルオレンジを基調とした、姫宮雛という少女のイメージ通りの部屋だった。
大小様々なぬいぐるみが至る所に滞在し、本棚には見覚えのある漫画が並んでいた。ドアと対極の位置に置かれたベッドには、薄手の掛布団が捲り上げられており、ついさっきまでそこで眠っていたことが窺える。
そういえば由優を除けば女子の部屋なんて小学生以来かもしれない。
「ごめんなさい。横になって話しますね」
「おう」
姫宮は倒れ込むようにしてベッドに入る。それに合わせて、俺は掛布団をそっと掛けた。姫宮は「ありがとうございます」と囁くように言った。
「買って来たものとレシートはそこに置いといて下さい……。あ、冷蔵庫に入れなきゃいけないものは入れといてもらえると嬉しいです……」
「りょーかい」
そう答えた俺はレジ袋から所定の品を取り出し、白い丸テーブルの上に置く。食べ物やスポーツドリンクは指示通り冷蔵庫に入れておいた。
部屋に戻って、ベッドの横に座る。
「ありがとうございます。とても助かりました……。鍵は靴棚の上にありますので、閉めたら下のポストに入れといてください」
「え? もう帰れってこと?」
「は、はい……そうですけど……?」
姫宮が心底不思議そうな声をあげる。
「いやいや、お見舞いに来てるんだから、して欲しいことがあれば何でもするぞ?」
「でもだって、長居すると感染っちゃうかもですし……何より後輩たるものこれ以上センパイにに迷惑かけちゃいけないと思いますし……」
申し訳なさそうにそう言う姫宮に、俺は思い切り嘆息した。
「お前なぁ……何が後輩たるものだ。病人たるものもっと甘えてろ」
「…………っ」
姫宮は目を見開いて、口元を隠すように布団を上げる。
「とりあえずなんか食うか?」
「じゃ、じゃあ苺食べたいです……」
遠慮がちに姫宮は答えた。
「おっけ。洗ってくる。皿とかフォークとか勝手に漁るぞ」
「はい、大丈夫です。…………あっ」
「ん?」
「苺、潰してもらえると嬉しいです……それでちょっとだけコンデンスミルクかけてぐじゅぐじゅにして……」
「はいはい。先輩に任せな」
俺は笑ってそう答え、キッチンへ向かう。
我が家のより一回りも二回りも大きく、それでいてしっかり手入れが行き届いているキッチンを使うことに緊張しながら、買ってきた苺を水で洗う。ヘタを切り落としたのち底の深い皿に盛ると、希望通りフォークの背を使って苺を潰す。加減が分からなかったが、食べやすさを考慮して念入りに潰すと、そこにコンデンスミルクをかけて軽く混ぜる。
「よしよし」
俺はなんか満足してそう呟くと、スプーンを添えて姫宮のもとへ持って行った。
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