第7話(2/5)
☆
そうして始まった高校二年生の夏休み。
俺は冷房を効かせたリビングで漫画を読んでくつろいでいた。
「うひー。さっぱりさっぱり」
所属するバドミントン部の練習から帰宅し、シャワーを浴びていた由優が髪を拭きつつやって来る。大きめのTシャツをワンピースのように着た楽な格好だ。
「おにーちゃんも牛乳飲むー?」
「んー、いいや」
「あいよぉ」
俺の返事を聞いて、由優はグラスを使わずパックから直接口に牛乳を注ぐ。
「あーおいし」
「その飲み方止めろって。行儀悪い」
「いーじゃんお兄ちゃんしか見てないし。別に口付けてないし。洗い物無駄に増やすし」
「けど五回に一回くらい口に入れ過ぎてぶちまくじゃん」
「最近は上手くなったから大丈夫」
「まったく……」
最近妹がどんどんおっさん化している気がしてならない。
「お兄ちゃんお昼食べた?」
「いやまだ。冷蔵庫になんかある?」
「んーっとねぇ……、昨日の酢豚。あと冷ご飯と、なんか分かんない漬物」
「びみょいなぁ……。どうする?」
「あ、私これから友達とパンケーキ食べに行くからお昼いい」
「そっかー。……んじゃ酢豚食うかぁ」
「酢豚って美味しいけど、ご飯に合うかっていうと微妙だもんね」
「なー。……ってか部活で運動して、その後遊びに行くって元気だなお前」
「普通だよ。お兄ちゃんが枯れてるだけ。だって夏休みだよ夏休み。学生の一番楽しい時じゃん」
「…………」
「どったの?」
「……や、どっかの誰かが似たようなこと言ってたなって」
「あー、もしかして姫宮さん?」
「そう」
「どう? 仲良くやれてる?」
「ぼちぼちだな」
「もう付き合った?」
「……は?」
「え、そういう感じじゃないの?」
由優は本気で驚いた顔をする。
「ないない」
「付き合う率ナンパーくらい?」
「……俺とお前が付き合う確率くらい」
「ってことは八十五%くらいか……」
「おいブラコン」
「冗談に決まってるでしょシスコン」
こういうやり取りを含め、姫宮はなにかと由優に似ている。だから姫宮を恋愛対象として見ていなかった。
何より……
「そもそもあいつはイケメンしか眼中にない」
なんせ後輩部の活動理由の半分はそれだ。
「なるほど。じゃあお兄ちゃんは無理だ」
「あっさり納得するなよ悲しい」
由優は快活に笑う。その顔はパーツだけ取ると確かに俺と似てるのに、俺と違って美形と評されるものだった。
「ってか、お前も姫宮と友達なんだろ? そういう話とかしないのか?」
「え、友達じゃないよ?」
「……女の友情怖い」
「いやいやそうじゃなくて。そもそもクラスも違うし、体育なんかの合同授業でも一緒にならないから、まともに話したのなんてお兄ちゃんを入部させる時が最初で最後なんだよ。せいぜいすれ違った時に挨拶するくらい」
「そうなのか」
ってことは、姫宮は知り合いでもなんでもない人間に、いきなり「面識もない貴方のお兄さんを得体の知れない部活に入部させてください」と頼み、由優は由優でそれを承諾したわけか……。まぁ今さらいいけど。
「ま、一度ちゃんと話してみたいんだけどね」
そう言って由優は髪を乾かしに洗面所に戻る。一体何を話すつもりなのかは聞けなかった。
人の字にして置いていた漫画を取って、続きを読み始めると、スマホが震えた。
噂をすればなんとやら。差出人は姫宮だった。
『センパイセンパイ』
俺は既読だけ付け、続きを見守る。
『なんと今日からお父さんは出張、お母さんはママ友旅行に行ってるのです。よっておうちにはヒナ一人なのです』
なんか文面からご機嫌さが滲み出ていた。
『つまりこんなことが出来ちゃうのです!』
「うおっ」
俺は思わず声を漏らした。
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