第6話(3/5)

「……よし、そんじゃやってくか」


 俺も席に座って、筆記用具を取り出す。入口から一番遠い席が俺。その隣に姫宮、斜め対面に藤和で、三角形を描くように座るのがお決まりになっていた。


「なんの教科を……強化しましょう」

「……お前そういうとこもおっさんくさいよな」

「ぐっへっへー」

「……数学で」


 文系科目はほとんど暗記だから、今ここで時間を取るのも非効率だ。それに数学は得意科目なので教えやすい。


「ヒナ、計算なら得意ですよ!」

「お前の言う計算って、数学とは別のだろ」

「あ、バレました?」

「これを見れば分かる」

 どう見ても計算力がある解答じゃなかった。特に高一の一学期なんて式の計算が主だ。


「ってかそっちの方の計算も、別に得意じゃないだろ」

 あんなにわざとらしいのに。


「そんなことないですもーん」

 姫宮は頬を膨らませてそっぽを向く。……そういうところだ。


「んじゃまぁ、とりあえず提出物なり教科書の例題なりやっていって、分かんないことがあったらさっきのを意識しながら訊くように」

「「はーい」」

 二人の返事を聞いて、俺も参考書を開く。

 俺は提出物の問題集は既に終わらせているので、自分で買った参考書を使って難易度の高めのに取り組むつもりだ。藤和も同様の様子で、姫宮とは違った問題集を開いていた。


「ちなみに姫宮、その提出物、どこまで終わらせてるんだ?」


「…………。……」


「集中したフリして無視するな。目が泳いでるぞ」

「……今からです」

 そんな予感はしてたけどやっぱりか。


「女の子は色々と忙しいんですー! メイクとかファッションとか、学校のこと以外にも勉強しなきゃいけないことは山ほどあるんですー!」

「学生の本分は勉強だ」

「あーあーあーあー」

 姫宮は両手を耳に当てて聞こえないフリをする。


「まぁお前がそういうのを大切にする気持ちも分かるが、最低限やるべきことをやってからにしろ」

「……センパイが正論を言う」


 とはいえかくいう俺も、入学時からそんな真面目な生徒だったかと言えばそうじゃない。去年一年を通して、神楽坂先輩に性根含め叩き直されたからだ。


「つってもまだテストまでは時間もあるしな。さっさとやってくぞ」

 こうしてしばらく無言で、各々問題に向き合う。


 程なくして、姫宮が俺の方に椅子を寄せて来た。手には、去年俺達が使っていたのと同じ問題集を持っている。


「センパーイ、これ分かんないんですけど……」

 見るとそれは二次方程式の問題だった。難しいところがあるとすれば因数分解か。


「どこが分からないんだ?」

 俺は姫宮の説明を促す。


「えっと……そのぉ……」

「ん?」


「…………全部?」


 姫宮は持っているシャーペンの尻の部分を自身の唇に当て、大変可愛い子ぶった素振りでそう言った。

 なんかイラっと来たので、俺は聞かなかったことにして、再度自分の問題に集中した。


「ちょ、センパイ! ちゃんと教えてくれるって言ったじゃないですか!」

「だって、出だしくらいは教科書見たら分かるだろ」

「分かんないですー! センパイとは頭の出来が違うんですー。教科書見ても分かんないものは分かんないんですー」

「お前開き直り過ぎだろ」

「ぱっかりしてみました!」

「はぁ……」

 まぁ確かに姫宮の言う通り、俺が読んで理解出来ることが、誰しも同じように理解出来るわけでもない。


「んじゃ一から説明するぞ」

「お願いしまーす♪」

 そう言って姫宮はもう一つ椅子を寄せる。

 肩が触れるか触れないかの距離に、甘い柑橘系の香りが漂った。

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