第6話(4/5)
「まず、こっちの問題は解けるか?」
「あ、それなら分かります」
「んじゃお前、たすき掛けって覚えてるか?」
「あー、なんかありましたねそんなの」
「やり方は……」
「中学の思い出とともに置いてきました!」
「……そこの復習からか」
俺は教科書の例題を使って解説を始めた。
「まずこれをこう書き直して……あ、せっかくホワイトボードあるんだからそっち使うか」
「え、あ、そうですね。……あー、でも」
立ち上がって移動しようとした俺の裾を姫宮が摘まむ。
「やっぱノートのままでいいですよ。残って見返せるので」
「まぁそれもそうか」
ホワイトボードを使っても姫宮が板書すれば済む話なのだが、それも二度手間だ。それに、同時に何人かに教えるならまだしも、一対一でわざわざ板書させて、話を聴くことを疎かにさせる必要もあるまい。
俺は姫宮の引力のまま、席に引き戻された。
「じゃあ続きだけど……」
そうして俺は、姫宮のノートに解説を綴った。
すっかり忘れたとはいえ一度は受験を乗り越えるレベルの土台があったからか、そもそも意外と理解力があるのか、姫宮はすんなりと解き方を身に付け、類題もこなせるようになった。
「おぉ~。さすがセンパイ、教えるの上手ですね!」
「そういうことにしとくか。……んじゃまたなんかあったら訊いてくれ」
「はーい♪」
姫宮は席を戻し、俺も自分の勉強に戻る。
それからまた、壁に掛けられた時計の音と、カリカリという三人のシャーペンの音だけが響き始めた。
姫宮は「センパイ、これなんですけどー」と定期的に訊ねてきたが、藤和はたまに目が合うくらいで質問してくる様子はなかった。
やっぱり一人で十分勉強出来るんだろうな、と思いつつ、一応声を掛けてみる。
「藤和はどうだ? なんか分かんないやつとかないか?」
「あ、それなら……!」
しかし意外なことに、藤和は待ってましたと言わんばかりに問題集を見せてきた。
「付箋したページの丸付けたのが訊きたいやつです……」
「おお……結構あるな……」
付箋だけでもざっと十枚はあった。学年三位の藤和が分からないというだけあって、内容も重そうだ。せめてもう少しコンスタントに訊いてくれればよかったのに。
「すみません……。なかなか切り出せなくて、あとで訊こうあとで訊こうと思ってたらこんなに……」
藤和も自覚しているのか、申し訳なさそうにそう言った。
俺は時計を一瞥し、下校時間まであと四十分ということを確認する。
「まぁいいや。時間ないし、さっさと見ていくぞ」
「は、はい!」
俺は藤和の隣の空いた席に座り、解説に取り掛かった。
「えっと、ここまでは書いていることが分かるんですけど、これが……」
「あー、これはだな……」
藤和は姫宮と違い、自分の理解度を提供し、分からない箇所を明確に提示してくれるので、実に親切な質問だった。
しかし一年生の範囲とはいえ問題が難しかったことに加え、藤和は頭が良いだけに踏み込んだ質問が多く、不甲斐ない結果だった。……神楽坂先輩なら、もっとスマートにやれたんだろうな。
「すまん藤和……あんま力になれなくて……」
「とんでもないです! とても助かりました。あとは家帰ってもう少し考えてみます」
藤和のフォローが痛い。
「私こそ、たくさんまとめてしまってごめんなさい」
「いや、まぁ、それは……」
確かに、問題量が多くて時間に迫られ、焦ってしまったところはあった。
「ですねー! 結衣ちゃんはもっとヒナを見習うべきです! ヒナ、上手く質問出来てたでしょう?」
「うん。ヒナちゃんすごいなぁって思って見てた」
「……確かに、タイミングだけに関して言えば、姫宮は良かったな」
「えっへん!」
腰に手を当て、あからさまに胸を張った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます