幕間その2
その日、順調に予定の先輩達と知り合った姫宮は、一仕事終えたと言わんばかりに部室で漫画を読みながらお菓子を食べていた。
藤和の親が貰ってきたという、有名ケーキ屋の焼き菓子の詰め合わせだそうだ。今日は俺も特にやるべき宿題もないので、本を読みながらマドレーヌを頂いている。藤和も同様だ。
「……修学旅行って二年生で行くんですよね?」
「ん? ああ、十月にある」
俺としてはまだ気が早いと思うのだが、クラスでは時折話題に上がっているのを耳にする。
「んっ……。……どこ行くんですか?」
食べていたマカロンを行儀よく飲み込んでから、藤和がそう訊ねた。
「沖縄」
「え、いいないいな!」
姫宮が目を爛々と輝かせる。
「ラフテー、タコライス、沖縄そばにサーターアンダギー……」
「食い物ばっかだな」
海より先にそっちが出るのが姫宮らしい。
「沖縄の料理って独特の味付けですよね。小学生の頃、家族旅行で行ったことありますけど、あんまり食べられなかったです……」
「俺は本場で食べたことないけど、そんな印象はあるな」
「けど、少し大人になった今だったら美味しく感じるかもしれないので楽しみです」
そう微笑んで、マカロンの続きを齧る。
「それに修学旅行のテンションだと、何でも美味く思えそうだしな」
「修学旅行のテンションってすごいですもんねー。今思えばしらすソフトクリームなんて、よく食べたなぁって思いますもん」
想像したらしく、藤和が顔をしかめる。
「ほんと変なテンションだよな。つい謎のお土産買ったりして」
「あー分かります。センパイも剣のキーホルダーとか買ったタイプですか?」
「漏れなくな」
当時一体何に惹かれて買ったのか全く思い出せない。けど、もう絶対に付けることはないだろうに捨てる気にもなれなくて、未だに勉強机の引き出しに眠っている。
「うわー、こんな話してたら修学旅行いきたくなってきたー!」
「ふふっ。来年まで我慢だね」
机に突っ伏した姫宮に、藤和が優しく微笑む。
「ですよねぇ……。ヒナ達が行けるのって、来年なんですよね」
すると姫宮は一転してアンニュイな表情になると、ぽつりと呟くように言った。
「……ヒナも、センパイと一緒に修学旅行いきたかったな」
「ヒナちゃん……」
俺はなんて返すべきか言いあぐねていると、姫宮がにやにやし始めた。
「どうですか今の! 可愛くなかったですか!?」
「……は?」
「ちょっとはグッと来たでしょう?」
「…………そのドヤ顔を止めろ」
「むふぃ」
なんかムカついたので、姫宮のほっぺを摘まみ上げる。
「いふぁいでふへんふぁい」
そう言いつつどことなく楽しそうだったので手を離す。
「こういう、後輩だからこそ言える可愛い台詞って言ってみたかったんですよね♪」
「お前なぁ……」
俺は呆れつつも、確かに修学旅行の場に姫宮がいたら楽しくなりそうだとは思った。
もちろんそんなことを言ったら調子に乗りそうだから、口が裂けても言わないけど。
「まぁセンパイは仕方ないとして、結衣ちゃんとは一緒の部屋とかなれたらいいなって思いますね」
「うん! 私もなりたいな」
「……センパイ、部屋割りってどう決まるんですか?」
「くじだったか好きなやつとかは知らないけど、たぶん他のクラスのやつとは組めないぞ」
「ってことは、まずは同じクラスにならないとですね……」
「ヒナちゃんって文系選択?」
「一応そうですね。結衣ちゃんもですか?」
「うん、そうだよ」
二人は安堵した表情を見せる。文理で別れてしまっては、どうしたって同じクラスにはなれないからな。これで確率は五分の一まで絞られたわけだ。
「絶対一緒のクラスなって、一緒の部屋になりましょうね! そんでもって修学旅行の夜の定番、恋バナしましょう!」
その言葉を聞いて、二人が枕を寄せ合って談笑する姿を想像する。
その時彼女らは、一体誰の話をするのだろうか。
……まぁ、吉澤先輩とかだろうな。
再度修学旅行の話題で盛り上がる二人をよそに、俺はそんな風に思いを巡らせていたのだった。
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