第5話(6/6)
先輩達の姿が見えなくなると、姫宮はふーっと長い息を吐いた。それに合わせて俺達も教室から出て姫宮の元へ向かう。
「お疲れさん」
「……いやぁ、上手くいきましたねぇ」
「意外と自然だったわ」
「ヒナだってやれば出来る子なんですよ」
「はいはい」
今日はもう特にやることはないが、部室に荷物を置いたままなので、俺達は一度部室棟へ戻る。
「けど、少し惜しいことしたな」
「何がですか?」
「いや、この後予定があるのとか、スマホ忘れたのとか」
「あー……まぁそうですね。ってかそこまで聞こえてたんですか」
「意外と聞こえたわ」
「なんか恥ずかしいですね。……けどまぁ、吉澤先輩の言うように、次会った時にすればいい話ですし。それに今日の目的は顔を覚えてもらうことですから」
「ま、それもそうか」
あの食いつき様だ。間違いなく顔見知り以上にはなっているだろうし、十二分に目標達成と言えた。
教室棟を抜け、渡り廊下を歩く。
「しかしさすが吉澤先輩、すごいコミュ力でしたねぇ。……センパイとは桁違い」
「一言余計だ。……まぁ確かにあんな風に話すなんて俺には真似できんけどな。初対面の女子を名前で呼ぶとか、どんな人生歩んできたら出来るんだ」
呼びたいけど恥ずかしくて呼べない、とか以前に、そんな発想がなかった。
「別にセンパイもヒナちゃんって呼んでいいんですよ~?」
「やだ。鳥肌立つ」
「センパイのチキン野郎」
「なんだそりゃ」
むしろ鳥はお前だろう。ヒナ的な意味で。
俺と姫宮が定番となりつつある言い合いをしていると、ずっと無言だった藤和が小さく手を挙げて言った。
「あの……私、呼んでもいいですか……?」
「え?」
「何がですか?」
「いや、その、駄目なら全然いいんですけど……ヒナちゃん、って……」
「きゅぅぅぅぅぅんっっっ!!」
「おい心の音漏れてるぞ」
「だってこれはずるいでしょう!?」
姫宮が興奮した顔でこちらを向く。
「まぁ気持ちは分からんでもないけど……」
「やっぱ藤和さんずるいです! 反則です! あー、なるほど、そういうのかぁ……」
「お前ちょっと落ち着け」
「えっとそれで……どうなんでしょう……」
「あーもう全然オッケーです! むしろ呼んでください!」
藤和の手を取り、ぶんぶんと振る姫宮。
こいつ、実はカッコイイ人より可愛い子の方が好きなんじゃないか? 演技していたとはいえ、吉澤先輩と会った時とは比べ物にならない程の興奮具合だ。
「というか敬語なんかも使わなくてオッケーです! あ、ヒナはこれがクセみたいなもんなので気にしないで欲しいです。あ、でも結衣ちゃんって呼んでもいいですか!?」
「え、あ、うん……」
案の定藤和は軽く引いていた。
「藤和。やっぱりやめるなら今のうちだぞ。こいつは一線を引いて関わるべきタイプの人間だ」
「ちょっとそれどういう意味ですかー!」
「今のお前、完全に危ない人だし」
「大丈夫です! 無害な危ない人です!」
「……意味が分からん」
というか危ない人だという自覚はあるんだな。
「センパイがとう思おうと、結衣ちゃんが大丈夫といえば大丈夫なんですー! ねーっ?」
「う、うん……」
「それでは、ぷりーずこーるみー、ヒナちゃん! りぴーとあふたーみー? ヒナちゃん!」
「ひ、ヒナちゃん」
「あーもう可愛い!! なるほど、正解はここにいたんですね!」
まぁ姫宮は気持ち悪いが、なんにせよ後輩同士仲が良いというのは良いことだ。俺の場合、もう一人の一年生役員とはいわゆる犬猿の仲で、何かと先輩達には迷惑を掛けたし。
「そういえばLINE交換してなかったですよね! しましょしましょ!」
姫宮はポケットからスマホを取り出す。派手なオレンジ色の大きなカバーを付けた、使いにくそうなものだった。
藤和もそれに応じて、スマホを取り出す。こちらはシンプルな手帳型ケースものだ。
「……よぅし。これでオッケーっと。あ、ついでだしセンパイも交換しときましょ」
「ついでって……。お前、いたずらにスタンプ連打して来そうだからなぁ」
「……どうしてそれが」
「やっぱりか」
「じょーだんですよ! じょーだん! ってか同じ部活なんだから、知らないと不便かもですし!」
「まぁ別にいいけど」
この部活に、学校外で連絡を取らないといけないほど急な用事が生じるとは思えなかったが、別に減るもんじゃない。俺も二人と連絡先を交換した。
「あ、後輩部のグループ作っときますね!」
そう言って姫宮は馴れた手付きでスマホを操作する。……あの指の動き、俺の倍の速度はあるぞ。
程なくして、ひよこの絵文字に挟まれた“後輩部”からの招待が届くと、連絡先を交換しただけなのにやたら嬉しそうな笑顔の姫宮が言った。
「ふふっ。改めてよろしくお願いしますね♪」
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