第5話(4/6)
☆
「う、上手くいくんでしょうか……」
「姫宮の演技次第なとこあるけど、あいつ大根だもんなぁ……」
俺は藤和とともに、廊下の角で待機する姫宮の姿を、近くの空き教室から隠れて見ていた。
姫宮がいるのは、二、三年生の教室から下駄箱へ向かう最短ルートに当たる。
最初のターゲットであるサッカー部の三年生・吉澤先輩も、恐らくここを通るだろう。俺達の位置からは、先輩が来る方と姫宮がいる方、どちらもが同時に窺えた。
一方で姫宮からは先輩が来る様子は見えない。
なので先輩を確認し次第、俺が合図を送る手はずとなっている。
ちなみに吉澤先輩を最初にしたのは、俺達の準備が整って一番最初に部活の休みの日が来たからだ。部活がある日だと、急いでいるからとすぐに逃げられてしまう可能性がある。
下校時で往来もあるので、姫宮は周囲に不審がられないようにスマホを弄りつつ、俺達にちらちらと視線を向けていた。その手には紙の束が乗っている。
さすがに本物の提出物なんて簡単に用意できるわけもなく、俺が新入生に向けた配布物っぽく作ったプリントだ。設定としては、ホームルームで配り忘れたプリントで、各机に置いといてくれと先生から頼まれた、というものだった。
「それにしても……」
姫宮の姿をドアの隙間越しに眺めながら思う。
「やってること、当たり屋と変わらないよな」
「そ、そうですね……」
今更ながら後ろめたさを感じてきた。
というかこれ、冷静に考えてかなり気持ち悪がられる案件じゃね? 例えば俺が上級生の女子に偶然を装った出会いを試みたら、停学処分くらいなりそうだ。
「でも、誰か仲良くなりたいと思うことは、悪いことじゃないと思いますよ。……仕方は問題かもしれませんけど」
「……ま、深く考えないでおくか」
思い返せば俺も神楽坂先輩と帰りのタイミングを合わせたくて、わざと仕事の手を緩めたりしたことあったっけ。今回はあまりに作為的かもしれないが、広い目で見たら同じかもしれない。
ちなみに、さすがに本当の当たり屋にならないよう、姫宮には怪我をさせないようにと念を押してある。なんせ相手は運動部のエースなわけだし。
「遅いな、吉澤先輩」
終業後すぐここに来て、もうすぐ三十分が経つが、未だに彼の姿は見えない。
「教室で話し込んでるのかもしれませんね」
「あー、すげぇありそう」
青春を謳歌している学生ほど、放課後残って雑談しているイメージがある。居心地が良いのだろう。
姫宮も暇そうにあくびをしているし、一度戻ってもらおうかと思っていたところに、
「あ! 来ましたよ先輩!」
程よく吉澤先輩が階段を下りて来た。俺と藤和も、これに伴って一度吉澤先輩の顔を見に行っている。同級生の男子とは頭一つ分抜き出た身長に、運動部として大丈夫なのかという明るく染め上がった髪、そしてそれはもう大変モテそうな整った顔。間違えることはない。確かにあれは吉澤先輩だ。
俺は慌てて姫宮に「(来たぞ!)」と口パクで合図を送る。
姫宮の顔が緊張で固くなるのが分かった。しかしここで一旦休止、とはいかない。刻一刻と吉澤先輩が近付いてくる。
先輩は同級生と思しき男子二人と楽しそうに談笑していた。さすがに一人でやってくるなんて都合の良いことはなかったが、他の二人より一歩前を歩いているので、上手いこと先輩だけに衝突出来そうだ。
「(が、頑張れ!)」
藤和が小さく呟いて拳を握った。
そして二人の距離はゆっくりと近付き……
「(今だ!)」
俺の合図で姫宮は前へ足を踏み出した。
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