第5話(3/6)
「あ、ヒナが貸した漫画」
そう、姫宮から借りた漫画の第一巻だ。
極めてよくある学園ハーレムもので、冴えない主人公の周りに、なぜかやたらめったら女の子が集まって来るラブコメである。帯には『アニメ化決定!』とあるから、世間的にも人気なんだろう。
「出会いの印象ってのは大事だ。普通の出会いをしてそこから魅力で巻き返すより、印象的な出会いをしてしまった方が進展は早い。周りに女子が多いイケメン相手ならなおさらだろう」
「ふむふむ……」
俺は一度席に戻ると、
「そこでこれを真似ようと思う」
借り物なので跡にならない程度に漫画を開いて、テーブルに置いた。
そこは物語冒頭の、主人公と年下ヒロインの出会いのシーンだった。日直だったヒロインがクラスの提出物を抱えて職員室に向かっていると、曲がり角で主人公と偶然ぶつかるというものだ。
「ださいくらいに王道な作戦ですね……」
「うるせー。王道はそれだけ魅力あるから王道になってんだ」
「まぁそうですねー」
姫宮は頬杖をしたまま答えた。
「これ姫宮さんの漫画なんですよね? 面白いんですか?」
ちょっと失礼、と藤和は漫画を手に取ってペラペラと流し読みをする。
「まぁフツーですね。キャラは可愛いしギャグも面白いですけど、全体的なストーリーはいまいちって感じです」
「へぇ……」
「藤和は漫画とか読むのか?」
「うーん、全然読まないですね」
確かにそんな印象だ。
「……あの、曲がり角でぶつかるシーンを真似るっておっしゃってましたよね?」
藤和はなんだか恥ずかしそうに、おずおずと訊ねてきた。
「おう」
「ということは、これもやるんでしょうか?」
見ると、さっき俺は見開いて置いた次のページ、衝突に際して尻もちをついたヒロインのパンツを主人公が見てしまい、両者赤面するというシーンだった。
……まぁそこは別にどっちでもいいんだけど、
「やった方が印象強いんじゃね?」
「やってたまるかですよ! ぱ、パンツなんて絶対に見せませんからね!?」
「えー」
「えー、ってセンパイはヒナのパンツ見たいってことですかそうですか変態ですねぇ!」
「いや。ってかどうせ隠れて見てる俺から見えないだろうし」
「むきゃー!!」
姫宮は拳を握りしめ、苛立ちを空気にぶつけていた。
「……え、そんなに嫌なの?」
「嫌に決まってますよ! むしろなんでそんな意外そうな顔してるんですか!? センパイの中でヒナってどんなイメージなんですか!?」
「いやほら、ボディタッチ軽いし、割とそういうのに抵抗ないのかなって」
「抵抗ありますよ! 触るのとパンツ見せるのは、か、ん、ぜ、ん、に別物です!!」
「そうなのか。てっきり、どうせ制服の下に履いてるのなんて見せパンですし~、とか言って気にしないのかと」
「確かに見られていいやつですけど! 最悪見られてもまだ平気なだけなんです! あくまで最終防衛ラインなんですー!!」
「そういうもんなのか」
「そういうもんです!」
女子ってよく分からんな。
俺と姫宮が言い合っていると、藤和が不思議そうな顔をしながら手を挙げた。
「……あの、見せパン? ってなんですか?」
「え?」
「え?」
「え?」
空気が一瞬にして止まった。
「もしかして藤和さんって…………あー、いいです。やっぱり後でセンパイのいないところで訊きます」
「……そうしてくれ」
「は、はぁ」
姫宮の計らいでこの場で追究しようとはせず、話を流す。
「で、どうだ。この作戦」
「まぁパンツ除いたらいいんじゃないですか?」
「えっ。やっぱりパンツ覗かせるんですか……?」
「え?」
「え?」
「……ごめん藤和。ややこしくなりそうだから少し黙ってて」
「わ、分かりました」
そう答えて、天然さんは膝の上に手を置いてじっとする。
「よし、じゃあこれを参考にして作戦を練っていこう」
俺は再度マジックのキャップを取って、ホワイトボードの前に立った。
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