第2話(4/5)

 姫宮とは学年が違うので、当然下駄箱の列も違う。

 一度別れ、俺は自分の下足が収められた下駄箱の前まで行く。しかしなぜか姫宮がついてきていた。その指先には自身のローファーが引っ掛けられている。

 なんとなく彼女の魂胆を察しつつも、俺は気にせず地面に靴を投げる。足を入れ、つま先を数度叩くだけで収まるのがこの靴の良いところだ。


 そして姫宮は、


「おっとっと」

「おい」

 わざとらしくふらつき、俺の袖を掴んでバランスを取ってきた。


「……どうですか?」

「演技が下手」

「むぅ……。難しいですね」

 そう言うと姫宮は俺の袖から手を離し、流暢にもう片方の靴を履いた。


「センパイって家どの辺なんですか?」

「駅の向こうに少し行ったとこ」

「ってことは自転車ですか?」

 そ、と端的に答え、俺は自転車小屋へ向かう。


「じゃあ駅までは一緒ですねー」

「姫宮は電車通学か」

「はい。神宮の方です」

「あの辺って最近デカいの出来たよな」

「あぁ、ショッピングモールですね」

「行ったん?」

「行きましたよー」

「へぇ、どうだった?」

「うーん、人が多かった印象しかなかったですね……」

「やっぱそうだよなぁ。行くならもう少し落ち着いてからがいいな」

「ですねー」

 なんて他愛無い話をしながら、自販機の前を横切る。


「……ココア、売ってないんですね」

「ん? まぁココアって季節じゃないし。……好きなのか?」

「かなり」

「ふーん」

 軽く相槌を打つと、自転車の前まで来た。ふと姫宮の言い出しそうなことが頭に浮かんだので先手を打つ。


「あ、言っとくけど後ろには乗せないぞ」

 自転車の荷台部分を見ながらそう言った。


「さすがのセンパイもそれは恥ずかしいですか」

 そう笑いながら荷台の縁を指先でなぞる。淡いピンクのマニキュアが、荷台の無機質な金属と対照的だった。


「校則違反だからだ」

「なぁんだ。つまんないの」

 つまんなくなさそうな表情で、自転車から距離を取って俺が小屋から取り出す配慮をする。


「そういえばセンパイって、なんで生徒会入ったんですか?」

 俺の隣を歩き、缶バッチがやたら付いたオレンジ色のリュックを背負い、伸びた調節紐を持ちながら覗き込むように姫宮は訊ねる。いちいち所作が可愛い子ぶっていた。


「そんな大した理由じゃないって。なんとなくだよなんとなく」

「嘘ですね」

 姫宮は何を根拠か得意気に、細めた目で俺の両目を捉えていた。


「なにをおっしゃる」

「ヒナ、センパイのことまだまだよく知らないですけど、たぶん気まぐれで生徒会なんて大変なとこ入るような人じゃないでしょう」

「……まぁな」


 何が何でも隠したいわけでもなかったので、観念して正直に教える


「……入学式の日にな、神楽坂先輩の挨拶を聞いたんだ。それがあまりに格好良くてな」

「一目惚れってやつですか」

「うーん、どうだろ……」

 あの頃は抱いていた憧れは、恋愛感情とはまた違うものだった気がする。


「まぁ確かに、神楽坂先輩ってずるいくらいにかっこいいですよね。……ヒナはほとんど聞いたことばかりですけど」

「だよなぁ……かっこいいよなぁ……」

 こっぴどくフラれても吹っ切れていない。それくらいに先輩は格好良くて、今でも先輩の凄いところはすぐ思い浮かぶ。


「というか、そもそも三年で生徒会長って異例ですよね?」

「あぁ、うん」

 普通、三年生は受験もあることから生徒会に入らない。しかし先輩は二年生で生徒会長を務め、翌年も立候補した。

 そして生徒会活動を完璧以上にやり遂げた後、某一流大学に進学したのだから驚きである。ちなみに三年生時の得票率は、二年生の立候補者が数名いたにも関わらず、99%だったと噂されていた。


 一年目での経験を踏まえたうえでの二年目とあって、学外との交流活動も多かった。だから姫宮がその噂を耳にすることも多かったのだろう。

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