第2話(2/5)
「さっすがセンパイ♪ では早速授業の方お願いします」
ホワイトボード用のペンを差し出してくる。え、これそういうスタイルでやってくんだ。
まぁ何でもいいか。俺は高校入試に際して受けていた少数指導の塾を思い出しつつ、ペンを握る。
姫宮は鞄から手帳を取り出し、メモの用意をしていた。
「例えば俺が意識してたのだと、とりあえずの『はい』は言わないってことだな」
「ん? どうゆーことですか?」
「なんでもかんでも鵜呑みにするんじゃなくて、ちゃんと考えたうえで返事をするってことだ」
「んー、けど、素直で従順なのが良いって言いませんか?」
「それは確かにそうだ。けど、別に自分の意見を言うのが人に逆らうってことじゃない。建設的な考えなら、それは逆らってるんじゃなくて立派な議論だ。ただ結論が出た後は、自分が納得してようがしてなかろうが文句を言わずにそれに従う。それが素直で従順ってことだと俺は思っている」
ホワイトボードに言葉を書き、それを矢印で繋いだりしつつ説明する。
しかし姫宮は「???」と、分かりやすくポカンとしていた。
「ま、要するに、自分の想いをちゃんと持って、それを大事にするってことだ。ただそれと同じだけ相手の想いも大事にすること」
「自分の想いを大事に……」と呟きながら姫宮はメモを取る。
「……うーん、なんか分かるような分からないようなです!」
姫宮は正直にそう言った。分からないことを正直に分からないと言えるのは良いことだが、もう少し伝わって欲しかったな。
「……そうだな、夫婦で考えてみるか。何でもかんでも夫の言うことを聞く妻。それはもう妻じゃなくて奴隷だ。夫婦ってのはどっちかが偉いってことはなく、協力し合うもんだと俺は思ってる」
「おー! センパイ良い旦那さんになりそうなこと言ってる!」
姫宮が目を爛々とさせて賛辞を送って来る。少し恥ずかしくなって俺はホワイトボードを見やる。
「夫婦が人生をともにするパートナーであるように、先輩と後輩も同じ仕事や部活をともに行うパートナーだ。正直、先輩の方が偉いとかはないと思ってる」
この辺の考えは、確か先輩に教わったんだっけ。
『私は君より年上だし、役職的な立場も上だ。だが、たった一年だし、生徒会という小さなコミュニティだ。だから私は偉くもなんともない』そんなことを言っていた。
だから俺も彼女の立場ではなく、彼女の人間的な魅力に惹かれ、敬い慕っていたのだ。……まぁ、そんなことを言いつつも、俺は先輩から学んでばかりだったけど。
「ってことはセンパイとヒナもパートナーですね!」
何が嬉しかったのか、姫宮が満面の笑みを浮かべる。
「……そう考えると、俺達の関係って、先輩と後輩というより先生と生徒なのかもな。何かを一緒にやるって感じじゃないし」
「いやいや、やってくじゃないですか」
「え、何」
「そりゃヒナの成長ですよ!」
「……なんかそれって違う気がするんだけど」
過程が目的になっているような。というかそもそもそれって姫宮単体のことだし。
「小さいこと気にしたら負けですよ! センパイは先輩です!」
……まぁいいか。深くは考えないでおこう。
「あー、それでだ」
俺はあることを思い出した。
「なんでしょう?」
「理想の後輩って、かなり漠然としてるだろう。もっと具体的な目標を立てようと思って」
「ほーぇー……」
その反応にはどんな意味が込められてるんだ。
「『これを達成したら、理想の後輩となったと言える』みたいな分かりやすい指標があった方が努力もしやすいしな」
「なるほど」
「……なんかあるか?」
「んー、そうですねぇ……。あ!」
姫宮は何か思いついたように手を叩いた。
「センパイが生徒会長になった時に、ヒナを役員にしたい! みたいな」
「あー……」
うちの生徒会の役員は、自推の他にも、生徒会長の推薦によって選出される。例えば俺は先輩に憧れて自推だったし、副会長は先輩の元からの友人ということで生徒会長推薦だ。
つまり姫宮の目標を分かりやすく言い換えると、『もし俺が生徒会長になった時に姫宮を役員として選ぶ』ということになる。
「うーん……」
「ダメですか?」
「ダメってわけじゃないけど、もしもの話よりはちゃんと結果が現実に出る方がいいと思うし、何より俺一人の意見で決まるってのはなぁ……」
「ダメってわけじゃないならいいじゃないですか♪ はい、けってー♪」
そういうと姫宮は俺からペンを奪って、勝手にホワイトボードの上の方に目標を書いていく。
「……まぁいいか。その代わり主観入れないからな」
「はーい!」
たぶんちゃんと聞いてないのだろう、元気な返事がやって来た。
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