キミの終わりと恋情と

 スマートフォンが熱を帯びる。

 それは俺の手が熱くなったせいなのか、使いすぎて発熱しているせいなのかはスマホに大して興味も無い俺にはわからなかった。

 ただ、真夏の、クーラーも無い田舎の古民家の中では手の温度が上がることすらも致命傷だということは理解できた。持っているだけで暑いスマホを投げ出して、扇風機の首の角度をいじってからその場に大の字に寝転んだ。

 今や扇風機の風だけがライフラインといっても過言ではなかった。なんでこの田舎は冬は雪が小麦粉をひっくり返したかのように降る地なのに、夏まで他より暑いんだろう。大体全部盆地が悪いってことはわかっているが。盆地よ滅びろ。今すぐ皆で山を削り取ってしまおう。一人一人が力を合わせれば大丈夫……コレなんて半日村?

 兎にも角にも夏場の実家帰省はもう少し暑さ対策をしてから行うべきなのかもしれない。社会人一年目、しかし上京は五年目。アパートの冷房の力を知ってしまった俺は最早エアコンの奴隷と言っても過言ではないのだ。五年ぶりの実家がこんなに暑いなんて!

「あー」

 どうでもいい事を考えながら間の抜けた声がする方向に視線を泳がせると、丈の短いサロペットを着た少女が、縁側の向こう側の庭で水を垂れ流すホースを握りしめて俺の顔をじっと見つめていた。

「あー……アンナか?」

「あー、にーちゃんか?」

 五年ぶりともなると兄妹の再会もこんなものである。

 俺は思わず起き上がる。それにしても……

「おいおいアンナ、おめーおっきくなったなー。身長いくつよ」

「ん? ひゃくろくじゅー」

「まじかよーアンナこないださ、ゴマ粒くらいじゃなかったっけ。こーんなちっちぇーの」

 床に手をかざして昔のアンナのサイズを表現してみる。

「はぁ? そんなんじゃないし! にーちゃんはなんか……皺、できた? ほうれーせんってーの? ホラ、ここ」

「やめてよ気にしてるのに! おめーだってなぁ、俺と同じ速度で老いていくんだぞ! 今に見てろ! アンチエイジングで負かしてやる!」

「キモいところは変わってないね……」

 俺は妹にジトっとした視線でキモいと言われて若干傷ついたので、再びスマホを手に取って寝転がった。ふて寝だふて寝。

 しかし、それは長続きしなかった。


 視線の先、スマホの向こう。

 庭に水を撒くアンナ。

 アンナが、綺麗になっちゃってた。

 アンナ、少女じゃなくなっちゃうんだなー、なんて。

 そんなこと口に出したら、またキモいなんて言われんだろうな。


 なんつーの? 別に少女趣味のつもりは無いんだけどさ、アンナの人生一度の"少女"が、今まさに終わりを告げようとしていることにおにーちゃんは気付いてしまったってワケ。

 俺に少年の時代があったなんて言ったら、アンナは信じてくれるんだろうか。

 世界で一番アンナが大事で、アンナを守るために生きるんだって本気で思っていた俺がいたなんて、信じてくれるんだろうか。

 でも、それは俺の役目じゃないんだって気付いたから。

「何見てんの?」

 俺の視線に気付いたアンナが睨みつけてきた。

 五年ぶりのアンナは、やっぱ可愛いや。

「ズボン短すぎか、痴女め」

「お、おっさんか!」


 アンナが庭に水を撒いてくれたおかげで、暑さはいくらか軽減された。

 でも、手の中のスマホはさっきより熱を帯びていて、これもう俺の体温ってレベルじゃねーぞと思ったとき、スマホが発熱していることを知った。

「盗撮。に、なっちゃうのかな」

 スマホに表示されるアンナの横顔。

 ゴミ箱のボタンを押して、確認のボタンを押して、消去。

 ここに帰ってこなければ、こんなに辛くならないのかな。

 顔が見たくて辛くなって帰ってきて、もっと辛くなったから帰らないほうがいい事に気付く。

 横になって膝を抱える。確認のボタンが、押せなくて。


 扇風機は、俺の胸めがけて風を送り続ける。

 もう夕方で、風なんかいらないくらい涼しいのに、何故か止めることが出来なかった。


(2018年6月15日 pixiv文芸初出 再掲)


―――――


登場人物紹介

 にーちゃん(23歳)

  お道化タイプだけれど、根は超真面目。

  妹に劣情に近い恋慕を感じながら、罪悪感で潰されそうになっている。


 アンナ(15歳)

  にーちゃんの音沙汰が無いことをずっと気にしていた。

  年頃にありがちな、実はにーちゃん気になるけど気にしないフリをしている。

  学校ではにーちゃんと同じお道化タイプ。

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