かわいい、千紗。

 千紗は男だ。

 千紗は男だけどスカートを着ている。

 千紗は男だけど化粧が上手だ。

 そんな千紗は、俺の家で俺の姉のファッション雑誌を読みながらくつろいでいる。

「悟、キンキンのお茶おかわり」

「くつろぎすぎだろ、執事か俺は」

 千紗はコロコロと笑いながら、

「悟の執事かぁ、いっぱい笑っちゃいそう」

 さりげなく俺に失礼なことを言ってきた。

「既に笑ってるじゃねぇか。ところで本屋はいつ行くんだよ」

「だって暑いんだもん、もうちょっとー」

 千紗はそう言いながらテーブルに突っ伏した。正面に座った俺からはさりげなくブラが胸元にチラリと見えてしまって、咄嗟に目を逸らした。

 千紗は男で、でもブラをしていて。

 男がつけているブラに少しドキっとしてしまう俺は一体……。

 そんなことを一瞬考えたが、すぐにやめた。元は女性がつけるものなんだからドキドキするのが自然なんだきっと。

 そんな俺の一瞬の思考など露知らず、千紗は起き上がるとファッション雑誌を俺に見せながら指をあちこち指しては楽しそうに、

「ねぇねぇ、悟はどっちが好き? どれが好き?」

 と目を輝かせている。

 俺の好みなんか聞いてどうする気なんだろう。とは思うものの、千紗は学校では普通に男子生徒をしているから、俺以外に女装のことは知られていないし知られたくもないみたいだ。俺だけが唯一千紗に『男の価値観』を教えられる存在なんだろう。そう思うと無碍にもできなくて、俺の趣味全開だが「こっちがいいんじゃないか?」とか恥ずかしながらも応答してしまう。

「悟はカジュアルなファッションが好きなんだね」

 でも俺の好みを分析して伝えるのは少し恥ずかしいからやめて欲しい。

「……僕ね、感謝してるんだ、悟に」

 キンキンに冷えたお茶を一口飲み込み、そんなことを呟いた。

「突然どうした」

「悟はボクをちゃんと男の子でも女の子でもなく、普通に扱ってくれるから」

「どういう意味だよ」

 千紗は微笑んだ。

「バランスがいいのかな? 自然体なのに、ちゃんとボクのブラチラにもドキドキしてくれる悟が好きなんだ」

 気付いてたのかよ。恥ずかしいじゃねぇか。

 俺は何も言い返せなくて、ただ頬が紅潮していくのを感じていた。

「……っ、ほら、千紗本屋に行くんだろ? 行くぞ!」

「照れ屋さーん」


「悟、ボク今日自転車がパンクしちゃったんだ」

「は?」

 家の前に出て直射日光に顔をしかめていたらそんなことを言われ、さらに顔が歪んだ。

「だから歩きで来たんだけど、本屋までは無理だから、自転車乗せてよ」

「……しょうがねぇな、しがみつくなよ」

 千紗は嬉しそうにニコニコ笑うとママチャリの荷台に腰掛け、俺のTシャツの脇辺りを掴んだ。

「揺れても落ちるなよ」

 そう言って自転車を走らせ始めた。

 自転車は農道を進む。ここが隣町にある本屋への近道なのだ。

 農道を吹き抜ける風はひたすらに生ぬるくて、でも汗をかいた皮膚には涼しさを伝えてくれていた。

 そんな風に風を切りながら走っていると、千紗はするりと俺の腹に手を回してきて、またきゅっとTシャツを掴んだ。俺は拒絶しなかった。下手したら、このまま時が止まっても良いとすら思った。

 それは何故なんだろう。

 わからないけれど、時よ、止まれ。


 千紗は男だ。

 千紗は、かわいい。


(2017年8月15日 pixiv文芸投稿 再録)


―――――


登場人物紹介

 悟(17歳)

  千紗になんとも言えない感情を感じている不器用な少年。

  学校では結構目立つ、千紗と絡むことはあまり無い。


 千紗(17歳)

  女装っ子。悟のことが大好き。小中といじめに遭い続けて来ている。

  なので自分を受け入れてくれる悟への愛は深い。

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