蝶と蛇と

「今日もお疲れ様、頑張ったね」

 貴方はそう言って微笑みました。私はそれを見られるだけで今日一日頑張った甲斐があると思えるんです。

 早朝五時の高架下、私達の分かれ道。貴方は真っ直ぐ、私は左。この高架下が愛しくもあり憎たらしいのは、きっと私がまだ子供だという証拠です。

「また、お店に行ってもいいかな?」

 上目遣いがちに貴方の目を見ると、貴方はまたひとつ、優しく微笑みました。

「勿論、ナナちゃんが来てくれないと寂しいよ」

「ありがとうっ……」

 私が思わず満面の笑みをこぼすと、頭に優しく温かい手が乗せられました。

「でもナナちゃんも人気者なんだから、あんまり俺に浮気しちゃダメだよ?」

 浮気。

 また、そんな意地悪なことを言って私を困らせるんですね。私は、貴方しか見ていないのに。

「ほら、寒いから早く帰らなきゃ。気を付けて帰るんだよ」

 貴方の優しい手が私の背中に触れる。押すような、撫でるような、微妙な触れ方。

 その手に促されて、私は名残惜しさを胸に一歩を踏み出しました。

 数歩歩いて、振り返ると、貴方はまだ私を見ていた。

 また数歩、振り返ると、もういなかった。

 悔しくて爪を噛みましたが、ネイルを施した爪は簡単には割れませんでした。

 貴方は、ずるい人。お仕事で恋心を操る、計算高くずるい人。

 それでも私はまた同じことを繰り返すでしょう。愚かだとわかっていながら、貴方に時間とお金を捧げるんです。

 いつか貴方が私を見てくれるって、どこかで思っているから。


(2017年12月26日 pixiv文芸投稿 再録)


―――――


登場人物紹介

 ナナ(源氏名)(21歳)

  恋に溺れる悲しい夜の蝶。


 貴方(22歳)

  恋を操る虚しい夜の蛇。

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