西へ、西へ…

 ここは、雪の国、吹雪の国。

 おじいちゃんの、そのまたおじいちゃんの話によると、この国には最初は春とか、秋とかの「季節」っていうものがあって、その内段々冬が長くなり、今では一年中雪が降り止まない雪の国になっちゃったらしい。

 だから最初は本物のお花とかもいっぱい咲いていたし、動物もたくさんいたんだって。私はお花なんてお母さんが折ってくれた紙のお花しか知らなかったから、そのお話を聞いたときは本当にびっくりしちゃった。薔薇、チューリップ、コスモス……本の中だけのものだと思っていたから、ここにも昔は咲いていたと知ったら少し嬉しかったけど……今は咲いていないから少し悲しかった。

 ここではないどこかの街へ、暖かい国へ行きたいと言って国を出た人は数知れなかった。戻ってきた人は今までいたことがない。幼なじみのクララも家族みんなで国を出て行った。その後暖かい国で幸せに暮らしているのか、忙しいのかわからないけれど、便りはない。

 そして、私の両親は私と兄を置いて国を後にした。「皆でまた暮らせるような、暖かい国を見つけたら、必ず迎えに帰って来る」そう残して。

 私はとっても悲しんだわ。三日三晩泣き続けた。でも、パパとママは必ず迎えに来てくれるっていう兄の言葉を信じて、兄と一緒に待ち続けた。たまに現れる鹿を狩っては干し肉にして空腹をしのいだ。兄はとっても頼りになった。

 そして数年後。

 凍死や餓死、国外脱出。様々な理由で国民は減り続け、いよいよこの国に留まるのは私と兄だけになった。二人きりになった次の日、兄は私にこう言った。

「いいか、サリー。これから俺はお前に国中でかき集めた155日分の干し肉を渡す。そして100日間この家で待っていてくれ。100日経っても俺や母さん父さんが帰って来なかったら、残り55日分の干し肉を持って西に旅に出るんだ。地図と腕時計はこの引き出しに仕舞ってある。腕時計の使い方はわかるな?」

 その言葉の意味を私はうっすらと理解していた。なので兄の服を引っ張って止めた。

「嫌よ、兄さん。行かないで。ここで私と暮らしましょうよ」

 兄さんは聞いているのかいないのか、グッと苦しそうな表情を一瞬見せて、続けた。

「俺は50日旅をする。そこでどんな結果が待っていても、必ず50日を終えた地点から帰って来る。だから、俺の言っていることが正しければ、必ず100日後には会えるんだ」

「嘘よ! そんなの嘘だわ! 同じことを言って、戻ってきた人なんていなかったじゃない! そうよ、兄さんもきっと私を捨てて行くんだわ!」

「サリー、それは違う。頼む、俺を信じて待っていてくれ」

 私は言葉を失い泣き崩れ、兄さんに抱き抱えられて一晩中涙を流していた。


 そして次の日目を覚ますと、兄さんは既に旅立っていた。

 2日目、私はひとりぼっちこの国に残されて、泣いていた。

 5日目、兄さんの似顔絵を描いて壁に貼った。

 10日目、パパとママの似顔絵も描こうと思ったけれど、もう何年も経っていてうまく思い出せなかった。

 25日目、干し肉のアレンジ料理を考えたけれど、塩しか調味料がなくて諦めた。

 50日目、折り返し地点。兄さんのことを思い出し、45日ぶりに涙を流した。


 信じることしかできない。そう思い100日が経過した。

 100日目。兄さんは、来なかった。


 私はもう涙も流せなかった。リュックに干し肉と地図を詰め始めた。そして来ない兄さんを待ち101日目、私はこの国を出て行く決心をした。

 兄さんは、きっとどこかで私を待っている。兄さんだけじゃないわ。きっとパパもママも、どこかで私を心配して待っているはず。

 リュックには55日分の干し肉。少し重いけど、これは私と兄さんを繋げる糧だと思えば軽いものだわ。

 国の門を抜けると、そこは広大な、広大な雪原。私は外套の隙間から腕時計を確認し、そして西へと一歩を踏み出した。


(2020年7月12日 カクヨム初出)


―――――


登場人物紹介

 サリー(16歳)

  夢見がちな少女。地道に丁寧に生きる真面目さがウリ。

  ピカピカの雪だるまを作らせたら右に出るものはいない。


 アレフ(19歳)

  サリーの兄。サリーを守るためにしっかりした男になろうと努力している。

  包容力のあるお姉さんに憧れがある。

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