麦茶
うちの母ちゃんが作る麦茶は黒い。
うちの家庭一年中水出し麦茶を飲むんだけど、いかんせん年中濃ゆい真っ黒な麦茶が出てくる。知っているだろうか。麦茶というのは濃いと本当に真っ黒なのだ。
友達が遊びにくるときなんかは、結構これが恥ずかしくて俺は買って来たジュースなんかを振る舞おうとしていたんだけど、結局かーちゃんが持ってくるのは真っ黒い麦茶で、友達に爆笑されたりして。
一度聞いてみたことがある。
「なんでうちの麦茶はスーパーのペットボトルの麦茶と色が違うの?」
「そりゃーあんた、濃い方が美味しいからに決まってるじゃない」
即答だった。
確かにうちの麦茶は味も濃いけれど、いまいち釈然としなかった。
そんな中、俺は高校生になったばかりの時、母ちゃんが作ってくれた麦茶の入った水筒を忘れてしまい、自販機でペットボトルの麦茶を買った。よその麦茶に浮気するのは初めてのことだった。少しドキドキしながら飲んだ瞬間の、そのあまりもの薄さとクリアな旨味に驚いてしまった。
そこで俺は、麦茶は濃ければいいってものじゃないと気付いた。うちの麦茶は濃すぎて渋さすらあったのだ。それからは母ちゃんが渡してくる水筒を断って、自販機の麦茶を飲むようになった。
そして今日。
俺は都会の大学に受かったので、引越しをすることになった。地元を出発する時、母ちゃんはカバーに包まれたペットボトルを俺に手渡して来て、「新幹線の中で飲みなさい」と笑った。少しボトルをずらしてみると、真っ黒な液体が入っていた。それを見た瞬間、こみ上げてくるものがあったが、グっと堪えて笑顔を作って、新幹線に乗り込んだ。
一息ついて、その真っ黒な麦茶に口をつける。
全然変わらない渋くて濃くて微妙な味に、少しホっとして。
案外いける味じゃん、って今更気付いて。
もっとちゃんと飲めばよかったな……って思って。
気がついたら顔が涙でぐしゃぐしゃになっていた。
なんだ、全然悪くないじゃん、真っ黒な麦茶。
それから俺は一人暮らしの家でも麦茶パックをふんだんに使って濃い麦茶を水出しするようになった。来客に出すと大体驚かれるけど、でも昔のように恥ずかしがったり、気にしたりしなくなった。
これが、うちの味ってヤツなんだから。
(2020年7月5日 カクヨム初出)
―――――
登場人物紹介
俺(18歳)
人並みにモラトリアムを抱えた青年。
母ちゃんのことを尊敬しているし、結構好き。
なんでも濃い味が好き。
母ちゃん(42歳)
若い頃は引っ込み思案の大人しい少女だった。
主人公を産み育てることで徐々にたくましくなった。
なんでも濃い味が好き。
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