大予言の夜

 1999年7月、とある病院。

 車椅子を腕で漕ぐ僕の目の前を、高校生と思しき二人のお姉さんが制服の短いプリーツスカートを揺らし歩きながら、小声で話していた。

「ねぇねぇ、地球って今年の夏終わっちゃうらしいよ」

「マジ? 今年の夏って今じゃん」

 最近流行っているノストラなんとかさんの大予言ってやつの話をしている。テレビも最近そのことを大きく取り扱っているし、噂好きな人は見逃せないお話なのかも知れない。お姉さん達は病院の長い廊下を歩きながら話を続ける。僕は図らずその後ろを行くことになってしまったので、素知らぬ顔をして二人のルーズソックスの皺を見ながら車椅子の車輪をただただ回し続ける。

「あーまってまって思い出した、ノスなんとかね、あー完全に思い出したわ」

「大丈夫か~? でさ、隕石がぶつかる説が有力なんだってさ」

 ノスなんとかと、僕より記憶力の怪しい方のお姉さんは「えっ!」と大きな声を出して立ち止まった。僕も合わせて減速する。物知りな方のお姉さんが笑いを殺しながら「声でっけーし」と突っ込みを入れ、二人はまた歩き出す。

「確か明日の夜だよ、隕石来るの」

「はぁ~? ウチら死んじゃうじゃん」

 二人はそのまま玄関の方に向かって進路を変えた。最終的には「アイツ全然ピンピンしてたじゃんね」「まぁよかったわな」と今日お見舞いに行ったらしい人の話をしていた。僕が向かうのは売店だ。少しホッと胸を撫で下ろすような気持ちになりながら売店で今日読む本を選びに行くことにした。

 先程のお姉さんの話を思い出しながら売店の新聞コーナーを覗くと、案の定スポーツ新聞なんかは大予言の話で持ちきりという感じになっていた。

 世界は本当に明日終わるのだろうか。

 隕石がぶつかった衝撃でみんな死んでしまうのだろうか。

 みんな揃って死んじゃうって、どういう感じなんだろう。

 少し背筋に甘いはちみつが通るような、ねちっこい嫌な僕の感情が湧き上がるのを感じ、首を小さく横に振った。

 結局今日は安い古典文学を一冊買って読むことにした。

 でも、買った本にもなんとなく手がつけられず、僕はその日ひたすら空を見ながら時間を潰すことになった。どうすれば、この折れた脚で隕石を見に行けるだろうか。そんな呑気で夢見がちな妄想に花を咲かせていた。

 そして次の日、僕は夜中に病院を抜け出すことにした。何が一番緊張したかって、全行程緊張したけれど、ベッドを出る瞬間が一番緊張した。大部屋に入院しているから、同室の人に見つかればおしまいだ。まぁ、無事に脱出出来たんだけど。

 地球が終わる瞬間を見てみたい。世界の終わりを見た記憶なんてどこかに消し飛んじゃうんだけど、僕は隕石を見てみたい。見た次の瞬間死んじゃうけど。

 エレベーターに乗って、病棟階を脱出。玄関へ。

 やった、コレで隕石が見られる……と、思ったがそう甘くはなかった。結局警備員さんに見つかってお縄。病室へ強制送還が決定した。

 無骨な雰囲気の警備員のおじさんが僕の車椅子を押しながら、なんでまた今日抜け出そうとしたのかと問いかけてきた。

「隕石を見ようと思って」

 僕は消え入りそうな声でそう言った。恥ずかしくて顔が爆発しそうだ。何馬鹿げた夢を描いていたんだろう。冷静に考えれば隕石なんか、落ちっこないのに。

「あっははは、少年。天文学に興味があるのか、これはまたすごいことだ。その勤勉さは少年の人生の光になるさ」

 僕は天文学に興味があるわけではないし、世界滅亡が気になっただけのミーハーな奴だ。なんか話がずれたおじさんだなと思っていると、彼は言った。

「少年の人生はまだまだ長い。脚の怪我だっていつか治る。今は忍耐の時ってやつさ」

 おじさんはバシバシ僕の肩を叩いた。ちょっと痛い。

 僕はひょっとして、人生が何か劇的に変わることを期待していたのかも知れない。あるいは、この予言騒ぎに乗じている人っていうのは皆、何か人生を大きく変えるきっかけが欲しかったのかも知れない。

 おじさんに病室まで送ってもらうと、僕は何事もなかったかのようにそそくさとベッドに横たわった。そして窓から夜空を眺める。

 

 その夜は、星がきれいで。

 地球が終わるのなんて、やっぱ勿体ないかもしれないね。

 そんなことを思った。


(2020年5月24日 カクヨム初出)


―――――


登場人物紹介

 僕(14歳)

  サッカー部期待のエースだったが、脚を怪我してしまう。

  落ち着きのある性格で、あまり女子にはモテない。

  好きな本は小説や古典文学、物語が好き。


 警備員のおじさん(50代)

  色々な夢を追い、様々な挑戦をし、今は警備員に落ち着いている。

  家族が欲しいと思うこともあった。遠い日の夢。

  少年の姿に、自分のあの頃を重ねてしまったり、したらしい。


 女子高生突っ込みの方(17歳)

  大人ぶっているけれど一番今回の予言をワクワクしていた。

  今回はバスケ部マネージャーとして怪我した男子の見舞いに来ていた。

  その男子のことが好きらしい。


 女子高生声のでかい方(17歳)

  突っ込みの友人で、マネージャー仲間。

  予言のことはまったく信じていない。

  突っ込みと男子の件は知らないけど、楽しそうだからついて来た。

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