天井
天井を見つめている。もう何時間こうして仰向けになっているだろうか。遮光カーテンを閉めているから、正確にどのくらい経ったかわからない。
飲まず食わずただ天井を見つめていると、自分は何かしらの特別な存在になったかのような気がする。ひょとして悟りか何か開けるんじゃない? このまま天井を見つめ続けているところを誰かに発見されて、その人は僕のその悟りきった見つめ具合に感極まる。
「あなたの天井との融合はまさにファンタスティックのアメイジングだワ!」
などと囃し立てられ、最終的には新興宗教の開祖になって大儲けなんかもできるかもしれない。儲けたら何しようかな。とりあえずハーレー・ダビットソンのバイクを買おうかな。大型二輪免許なんて大層な資格は持ってないからやっぱりやめようかな。勉強なんかもうしたくないよ。じゃあ何をするんだろう。言うほど女遊びもお酒も好きじゃないからあまり使い道が見つからないな。
大金持ちになったことをきっかけに女遊びを始めるのもアリなのかもしれない。もうどうせ彼女にも振られてしまうわけだし、投げ槍になってみるのも男のひとつの楽しみなんじゃないだろうか。
いや、待てよ。
そもそも誰かに見つかる可能性なんてあるんだろうか。最近引越しをしたばかりの身だ。身寄りどころか友達にすらこのアパートを教えていないではないか。知っているのは僕と彼女だけ。だって僕らはここで一緒に住むことにしたから。でも彼女はもうここには来ない。そう、確信がある。
どうしよう。このまま天井を見つめ続けていていいのか? でも体が重くてうまく動いてくれないんだ。
あぁ、僕が不甲斐ないから、彼女に辛い思いをさせてしまった。彼女に我慢を強いてしまった。もっとしゃんとするのだ。僕の痛みなんて大したことないんだ。彼女のほうがずっと辛い思いをしてるに違いないんだ。
よし、起きよう。天井の染みが猫の顔に見えた話をして彼女を笑わせてやるんだ。そしてすっきりとした気持ちでお互いの道を歩き出せばいい。
今ならできる。天井を見つめながら思う。
天井にも感謝だ。僕の変てこな妄想をみんな受け止めてくれて、まるで海のような天井だ。天井よ、ありがとう。キミのお陰でまた前を向いて歩き出せるよ。
「泣いてるの?」
天井を見つめる視線の脇から突然顔が飛び出してきた。僕は呆然とその顔を見つめることしか出来なかった。
「いつ帰ってきたの?」
「さっき。シャワー浴びて出たら、あなたの嗚咽が聞こえるんだもの。吃驚しちゃった」
彼女の微笑みは、天井よりも遥かな器の大きさを感じさせた。
(2017年8月14日 pixiv文芸投稿 再録)
―――――
登場人物紹介
僕(22歳)
しがないフリーターの穏やかな青年。
正社員で年上の彼女に出会って同棲中。
喧嘩の原因は二人のケーキを一人で平らげてしまったこと。
彼女(25歳)
アパレル関係のショップ店員をしている。
彼に劣らず穏やかで、菩薩のように優しい。
なんだかんだ彼のことが大好き。
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