ココロネショートショート

紙袋あける

 草を引き抜く。

 うっそうと茂った雑草は、引き抜いても引き抜いても目の前を覆い尽くし、まるでキスしている時の誰かさんの頬毛みたいね、なんて思いが少しよぎって、頭の中で霧散する。

 そうだね、今はそんなことを思い出している場合ではない。かといって、だったら何を思いながら草を引き抜けばいいのか。そうだね、草取りの時何を考えるかは自由よ。私はそう思い直し、再び草に向き合う。

 正直、花や草の名前なんてわからないから、目の前に生える葉や花なんかは全部雑草にしか見えないんだけれど、逆にそれが草取りをするモチベーションの維持に一役買っているのではないかとも思ったりする。目の前の草がやれ何々草だ何々花だとわかっていれば、その度きっと……私だったら何も考えず引っこ抜くことは目に見えているから、やはりものは性格が大きく影響していて、草取りのモチベーションに知識は関係ないのだと思った。

 私はこうして茂った雑草を引っこ抜くことに多少の快楽を感じ、ストレスが発散されるのを感じている。いやね、別にストレスとか無いけどね。生きていると色々とあるのはこの世に生きる人間の常ですよ。こうしてストレスが発散されるのを感じているということは、大味な私だって無意識に何かしらのストレスを感じていることもあるのかも知れない。だからどうした。

 この草取りが終わったら何をしようか。恐らく今は午後四時くらいだと思われるので、ボチボチ切り上げて夕食でも用意しようかな。あ、こっちの草は引っこ抜きやすそうね。

 夕食の献立は何がいいか。確か冷蔵庫にキャベツとジャガイモがあったからコンソメで煮込めば食べられるわね。あ、この草を抜いたらそろそろ終わりにしよう。

 お風呂の掃除は済んでいるし、夕食を用意さえすれば今日のタスクは概ね完了ってところかしら。あーあ、早く帰ってこないかな。あ、ここの小石をどかした方がいいかも知れない。

 美味しいご飯が待ってるよ、早く帰っておいでよ。

 そう思いながらも、私はまだ自分の食事を作りに腰をあげることもできず、完全に草取りに夢中。しっかし誰がこんなに草を放置したんだ。あ、私か。

 目の前が少し開けてくると、足元には今度は引っこ抜いた草で山が形成される。あぁ、今度はこれを処理しないと。

 たまの休日だってのに、肉体労働に精を出すなんて嫌だなぁと思ってここまで溜め込んできた雑草だったけど、実際処理し始めると楽しいものだ。さて、今度はここの茂みを崩しにかかるか。ありゃ、気がつくと五時。そろそろウカウカしてられない頃合いだ。

 あーあ、早く帰ってこないかな。

 やっと雑草から心を切り離して、庭から一歩踏み出すことに成功した。一つやり始めるとすぐ熱中しちゃう癖はよくない。これが持続すれば草取りのプロになれるんだろうけどそういうわけでもないし。

 やれやれ、今日も稼いでしまったぜ。

 そう思いながら庭を後にし玄関に戻ると、あらま、待ち焦がれていた車が玄関前でアイドリング中。駆け寄ると、勢いよく飛び付いてきたのは、私の愛犬。

 犬猫美容室の職員さんに挨拶して車を見送り、早速愛犬に草取り途中の庭を見せてやる。

「ほら、これからあんたのドッグラン作っちゃうからね。楽しみにしててよ」

 愛犬は尻尾をフリフリ、私の周りを回ると、ピトと寄り添うようにお座り。


 こんなに喜んでもらえたら、草を引き抜いた甲斐があるってもんだ。

 ありがとう尊い日常。これから待ってろよ、更に尊い日常。


(2020年5月4日 カクヨム初出)


――――――

登場人物紹介

 私(29歳)

  愛犬を愛するあまり単身で貸家を借りてしまった。

  妙齢だが男っ気が無い。サバサバした性格だが、人間があまり好きではない。

  職業は土建会社の事務員。男に囲まれ常にいじられている愛されキャラ。


 愛犬(3歳)

  ゴールデンレトリーバー。

  よくしつけられていて、飼い主が大好き。

  飼い主が好きすぎて人見知りがひどいので、美容院や病院が大変。

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