第144話 愛すべき時
「ワタシってだらしないですよね。自分でもわかっているんですけど。」
その日の夕方、物件の修繕を終了し、帰る時間になっていました。鈴さん一家は彼らの車で、私はナミさんの車に乗せてもらって帰るところでした。
「アヤちゃんに怒られました。いい加減にしろって・・・」
「なんですか、何か・・・怒らせることでもしたんですか?」
今日は変な日だと思いました。私もアヤちゃんに怒られましたし、今日は彼女のお説教の日なのかとも思いました。
「ワタシが意気地ないせいだって・・・でもワタシは、ほんとに自信がないので・・・男として、どうにも自信が持てなくて、言えないんですよ。ずっとゆりかサンのこと見てたけど、ゆりかサンがワタシを見てくれるとか、そんなの期待しないでいいと決めていたので。」
ナミさんはもごもごと仕方なさそうに、言い訳めいた口調で続けました。
「なんの話なんですか・・・?」
私は戸惑い彼を見返しました。不思議な胸騒ぎがしました。
「でも、ゆりかサンが、自分のことを汚れた人間だなんて言っていたとか聞いたら、それは違うと言いたいです。」
「なんですか、急に・・・?」
アヤちゃんが、先ほど話していたことをナミさんに言ったのだと気付きました。そんなの、言わなくて良かったのに。困ったと思いました。
「でも、アヤちゃんも、ナミさんも本当の私のことは知らないから・・・私って、人のこと傷つけてばかりなんです。優しくないし、そばに来てくれる人を毒していくような、そんな人間だから・・・」
苦い気持ちで告げました。彼らには知られずいたいのに、ついこぼしてしまいました。
「あ、でも私も怒られたんだった、アヤちゃんに。自分のこと悪く言うのはいけないって。気を付けないとですね。」
先ほどのアヤちゃんを思い出しました。彼女の言ってくれたことを、大切にしたい気持ちでした。
「ゆりかサンの、謙虚なところは良いと思います。」
ナミさんの言葉に苦笑しました。私の過去を振り返れば、謙虚どころではないのです。自分は救いがたい人間だと感じていました。
「失敗も、挫折も、悲しいことがあったとしても、すべてその人を豊かにするんじゃないかな・・・ゆりかサンを見ていると、そう感じます。」
私を見つめるナミさんの顔を見ると、ふいに泣きたくなりました。なぜこんなに、優しい言葉をかけてくれるのだろう?
「ゆりかサンがいつも感謝してくれているのを感じています。だから、ワタシも勇気を出してみたいと思った。ずっと、ワタシは逃げてばかりだったから・・・」
何か決意するように、自分に呟くように、ナミさんは少しずつ話しました。
「ゆりかサンが、自分のことを罰していたいように見えるから。ゆりかサンが、自分は幸せになってはいけないと、そんな思いでいるなら、それは違うと言いたいです。あなたが自分のことを痛め続けようとするなら、ワタシも痛くて、哀しくなるから・・・」
「やだ・・・なんですか。どうしてナミさんが悲しむんですか。」
私は笑おうとしました。でもだめでした。彼の沈黙に、この人の悲しみが、痛みが、すでに私には強く伝わってきていました。私は時に、そばにいる人の感情を強く感じてしまうようなところがありました。
「すみません、私は、なんだか・・・」
泣けてしまうのは、ナミさんが悲しんでいるから。心を痛めてくれているから。
「無理しないでください。泣いてもいいです。ここでは、泣いても大丈夫だから。」
「そうですね・・・ありがとう・・・」
声が乱れました。もう、声を上げて泣いてしまいたい。
「ワタシは、ゆりかサンのためにできることは、なんでもしたいんです。」
・・・本当は、知っていました。いつだって、彼の愛を感じていました。報いることもできずにいましたが、本当は気付いていました。
「頼りないかもしれないけど・・・成田さんにかなうわけなくて。ワタシでは・・・」
違うのに、そうじゃないのに。ナミさんに惹かれているのを隠し、恐れ、気付かないふりをしていたのは私の方でした。
でもこの人は、私を受け入れようとしている。受け入れてくれている。私に寄り添って、見守っていてくれる。
そんな風にされると、私は弱くなってしまう・・・
ごめんなさい、ごめんなさい。
私は、そんな風にしてもらえる人間ではないのに。
ひどいことを、冷酷なことをしてきました。
愛してくれた人達に。
彼らは私を選んでくれたのに。愛してくれたのに、私はひどい仕打ちをしてきました。
恨みもしました。
ですがもう、彼らを恨んでいませんでした。
被害者のように自分を憐れんで、傲慢でいた自分を悔やんでいました。
彼らも愛を求めていた。愛に飢えていて、愛されることを望んでいたはずなのに。
私は彼らの愛に、報いていもいなかった。
愛すれば良かった。
もっと、愛せたら良かった・・・
いずれ別れが訪れたとしても。
もっと、愛していたかった・・・
ごめんなさい・・・
私の中で何かが満たされ、なにかが溶けてゆくようでした。
いつの時も私は、愛するべきだったという後悔に包まれていました。
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