第138話 成田さんの話
成田さんの話はこうでした。数年前、彼はある女性と出会い、恋愛関係になったそうです。その女性は離婚していて3歳の男の子がいたそうです。
成田さんは、その女性と一緒になろうと思ったそうです。ですが家や親戚から反対されるとわかっていたので籍は入れない形で一緒に生活をするようになりました。
その女性は妊娠して女の子を出産しました。成田さんの子でした。お母さんとカフェにいたあの女の子でした。
成田さんは子どもとの、特に上の男の子との生活に耐えかねていました。下の子が生まれ、女性の前のご主人との子はひどく荒れていたようでした。
成田さんは子どもとの生活に嫌気がさし、別居するようになりました。女性と子どもたちは彼女のご実家近くに家を借り、成田さんは生活費だけを負担するようになったという話でした。
「上の子がいなかったなら、うまく行ったのかもしれない。でも無理だった。上の子どもをよそへやるための引き取り先まで考えたけど、母親は同意しなかった。」
彼の言葉に耳を疑いました。成田さんは率直な人だと思っていましたが、この時ばかりはあまりに利己的すぎるように聞こえました。
上の子がいなければ・・・そんな気持ちでいる人と、彼女はうまくやっていけるはずもなかったでしょう。しかも、母親から子どもを引き離そうとした・・・?
沙也と創太を引き離そうとするようなものだと想像すると、理解しがたく思われました。ありえない。沙也もきっと、創太を手離すわけがない。母親なら許すわけがない。そんなこと、受け入れられるはずもないのに・・・?
残酷なことだと気付きもしなかったのでしょうか。どうしてそんなことを言えるの・・・?
いま目の前にいるのは、自分の愛している人ではなかったか。その彼が、そのような考えの持ち主だったなどと、信じたくありませんでした。
「彼女や子どもには責任があるから、子どもたちが成人するまでは金銭的な面倒はみるつもりだよ。だけどもう、男女や家族としての関係ではないから・・・ゆりかが彼女たちの存在に煩わされることはないし、気にかける必要もない。」
淡々と、諭すように彼は続けました。
「・・・でも、下の子は隼人さんと血がつながっているんでしょう?隼人さんが父親なんですよね・・・生活費を払っていると言っても、それだけで良いわけではないでしょう・・・?」
冷ややかな彼の言い方も腑に落ちませんでした。生活費を渡せば、お金さえ払っていれば、それでいいというの?子どもを育てるのは、とても大変なことで・・・
自分には経験のないことでしたが、友人の沙也からはよく話を聞いていました。ご主人がいても、子どもは創太ひとりであっても、彼女は大変な思いをしながら子育てしているのを知っていました。
「ゆりかは何も知らないから・・・母親にとっては、私はもういない方が良い存在なんだよ。金だけあればいい。私はATMだよ。私の父も、ほとんど家にいなかった。女性は金さえあれば子育てできるんだから。父親なんていなくてもそう困るものじゃない。」
成田さんの言葉に、どこか聞き覚えがありました。ATM・・・お金さえ・・・
須藤のことを思い出していました。彼の奥さんのことも。須藤は家族にとって自分はATMでしかないと言い、彼の奥さんはお金さえあればと言いました。その記憶が私に襲いかかりました。
あの時は、須藤たちの夫婦の形が歪んで見えたものでした。壊れた家庭であっても、別れようとはしない人達。
そして成田さんにも子どもがいた・・・籍を入れてなくとも、かつては家庭を・・・
私はもう、不倫とは縁のなかったはずなのに。足を洗ったつもりでいたのに。
形を変えただけで、成田さんにはすでに家庭があった。壊れた家庭・・・責任・・・
私は結婚はできない・・・成田さんの言葉がよみがえりました。
どうして・・・?
私はもう、誰かを傷つけるようなことは、もう愛人みたいなことはしていないつもりだったのに。
成田さんはその女性と男女の関係はないと言いましたが、私はいまだ自分が愛人のような存在でしかない気がしました。
これは、罰なの・・・?
かつての私のあり方が、その後の自分にも暗い影を落とし続けているのだと。
この自分の状況は、過去の自分の行為の報いであるかのように。
心くらみ、混乱した頭で、そう信じてしまっていました。
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