第137話 動揺

 成田さんは暗く不安げな表情でため息をつきました。


「まだ言いたくはなかったけど・・・傷つけたくなかったし、ゆりかが私から離れてしまうかもしれなくて怖かった。だから、私とゆりかはこれからも変わらずにいられると言って欲しい・・・」


 悔やむように、彼は言葉を漏らしました。私はまだ、状況がのみこめてはいませんでした。


「どういうこと・・・?隼人さんは、結婚したことはないと言っていたでしょう?なのに子どもがいるというのは・・・」


 パニックになりかけていました。この人は嘘をついていたのかと混乱しました。


「そうだよ、私は結婚したことはない。誰かと籍を入れたこともない。だけど、子どもがひとりいる。それだけだよ。その子は母親が育てている。私は生活費を払っている。でも基本的には会っていない。あの日はたまたまだったんだ、急に、会社まで来たから・・・」


 後悔しているような表情で、彼は低い声で続けました。


「普段は、会うこともほとんどない。お金だけの関係だから。」


 成田さんはどうということもないように話そうとしているかのようでした。ですが私は混乱し、ひどく心が乱されていました。


「ちゃんと、聞かせて欲しいんだけど・・・隠したり、ごまかしたりしないで。本当のこと、言ってくれる・・・?」


 自分を落ち着かせようとしていました。この人は、少なくとも正直に話そうとしているように見えました。それでも自分が彼の抱えている事情に冷静でいられるのか、自信はありませんでした。


「どこから話すべきなのか・・・ゆりかと出会う以前のことだから・・・」


 成田さんは仕方なさそうに呟きました。


「・・・本当はね、誰かと付き合っても、本気になるとは限らないから。私については何もかも言わないままで終わってしまう人もいたし・・・」


 彼は俯いたままでした。低い、かすれた声が消え入りそうなほど小さく響きました。


「でもゆりかのことは真面目だった。一緒に住みたいとか、子どもを生んで欲しいと思える人はそういるわけじゃない。これからも一緒にいたいと思っていて・・・だからずっと話しそびれて・・・」


 彼らしくもない、歯切れの悪い言い訳めいた口調でした。いつもこの人の価値観も、話し方も明確で、堂々としている人だったのに。


「・・・だらしないけれど、言わずに済むなら、ずっと隠しておきたかったんだよね。でもそういうわけにはいかないようだ・・・今が、伝えなくてはいけないその時なんだろうね・・・」


 そう呟きながらも、また彼は沈黙しました。


 その沈黙は耐え難く、わめきたくなるような思いでした。


 同時に、もうこれ以上彼の話を聞きたくなくて、逃げ出したいような気持に駆られていました。

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