第132話 激情

 成田さんは私の腰へ手を押し付けるようにしながら早足で歩きました。日頃ふたりで外出しても、そんな風にはしませんでした。どこへ向かっているのか、話がしたいと言った割には無言のままでした。


「隼人さん・・・?」


 そっと彼の横顔を見ると、怒っているかのような厳しい表情でした。なんと言葉をかけたものか、話しかけるにも躊躇しました。


「どこへ行くんですか・・・?」


 成田さんは立ち止まって私を見ました。苛々しているかのような目つきでした。


「帰るよ、私の家に。」


 短く返すとまた彼は歩き出しました。まるで私が悪い事をしたかのような、彼を傷つけたかのような態度でした。


 こちらとしても、言いたいことはいろいろありました。メッセージを読んでくれなかったことや、物を壊されて嫌な思いをしたこと。家から追い出されたこと・・・なのにこの時は互いに黙り込んでしまい、言うべき言葉が見つからないのでした。


 慣れた道で成田さんのマンションへ着きました。奇妙な心地でエントランスを過ぎ、エレベーターに乗り、彼の部屋へ着きました。それほど長い期間だったわけではないのに、ここへ来るのは久しぶりだと思いました。


 リビングへ足を踏み入れるとどこか違和感がありました。成田さんは綺麗好きで、家はいつも整頓されて整っていましたが、この日は少し違いました。ひどく散らかっているわけではないものの、部分的に雑然としたところも見受けられました。


 そんな印象を受けていると、成田さんは怒ったような表情のまま私を抱きしめました。顔を寄せられ強引にキスをされました。荒々しく、まるで怒りをぶつけられたかのような口づけでした。


 激しい感情が伝わってきて、私も心乱れていました。


「私のこと、無視していたでしょう?」


 彼を押し返し、突き放そうとしても、また激しく抱きしめられました。彼の指が私の髪をわし掴みにしました。痛いほどに引っ張られ、彼はその髪を自分の顔に擦り付けながら、頬や唇に強く口づけされました。


「別れようとしてただろう?私は別れないよ。私の、ゆりかだから。」


「そんなこと・・・」


 思っていなかったのに、と言おうとしました。だけど本当はどうだったのか?あのまま彼が私と向き合おうとしないなら、別れるしかないのかもしれないと思いかけていました。


 荒々しく服をはぎ取られそうになり、だめ、と抗議しました。私だって、怒っているのに。話していないのに。シャワーも浴びていないのに・・・


 いいんだ、と彼は答えました。


「淋しかったから、いいんだ。」


 傷ついたような眼差しが私を見据え、私を貪りました。


 すべてがうやむやでした。強引で、勝手で、理不尽でした。


 なのに私もまだ、彼が恋しかったのです。


 恋しく、愛しくて、まだこの人から離れられないのだと思い知らされていました。

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