第128話 最終日

 レッスン、と言うよりもメンバーの皆さんの近況について、盛り上がってお話ができました。ところどころ、日本語へ脱線しつつも楽しい時間が過ごせました。


「ゆりか先生、良かったら、たまに飲みに行きましょうよ。本当は日本語でもっと話したいです。不動産ネタばかりになっちゃうかもだけど。」


 レッスンが終了し、その後もしばらく雑談していました。早川さんが声をかけてくれました。


「ええ、それはもちろん聞きたいです。でも早川さん、お出かけ大丈夫なんですか?ご主人やご家族もいらっしゃるでしょうし・・・」


「そんなの、たまにだから大丈夫。みんなも来るよね?」


 いたって気軽な様子で彼女は答えました。


「早川さん、むしろお酒強いですよね・・・ゆりか先生も飲まれるんですか?」


 杉山さんに尋ねられました。


「えーと、少しなら・・・あと、食べ物がないと飲めないので、いつかお食事がてら、ご一緒できたら嬉しいです。」


「成田さんも来るかな。どうかな~、普段は一緒に飲んだりしないけど、ゆりか先生の送別会ならどうかしら・・・あ、帰ってきたかな?」


 早川さんの言葉にどきりとしました。事務所の入り口に成田さんの姿が見えました。黒いスーツ姿で、上質そうな鞄を下げた姿はさまになっていて、おそろしく魅力的に映りました。


「お疲れさまです。成田さん、遅かったじゃないですか。今日はゆりか先生の最後の日なのに。」


 早川さんは成田さんへ声をかけに行きました。気後れしたものの、私も挨拶をしに彼女の後へ続きました。


「・・・こんばんは。おかげさまで、こちらでのレッスンはとても良い時間でした。皆さんすごく上達されたと思います。これからも続けて下さい。今までありがとうございました。」


 この日、成田さんの事務所で最後の日であったことと、彼と話すのもこれが最後なのだろうかと心によぎりました。成田さんを見ると泣いてしまいそうでした。


 最後に会ったとき、あれほど冷たく私を突き放し、メッセージも無視し続けていました。ですが彼の顔を見ると、不思議に冷たさはなく、複雑そうな、戸惑ったような表情がありました。


「こちらこそ、今までお疲れさまでした。英語の時間、みんな楽しそうにやっていたので良かったと思います。今後もレベルアップしてもらいたいと思っています・・・」


 どことなくぎこちない声でした。丁寧な言葉で話されるのも、よそよそしく感じられました。


「成田さん、ゆりか先生の送別会とかしないんですか?私はいつでもいいですよ。」


 早川さんが、まるで要求するかのように言いました。


「ん?ああ、そうですね・・・じゃあ、今日でもいいですよ。どこか行きますか。」


 思いがけずあっさりと成田さんは返事をしました。


「えっ、今日?まあ、私もいいですけど・・・ゆりか先生、どうですか?」


 自分で提案しておきながら、早川さんは少し驚いた様子でした。


「えーと、私は大丈夫です・・・いいんでしょうか?」


「それなら良かった!ナミさんと杉山君も来るよね?じゃあ杉山君、お店予約してね!」


 ナミさんと杉山さんは、有無を言わさず参加させられるようでした。


「成田さん、もちろん経費ですよね?だったら美味しいところがいいな~」


 彼女は成田さんに確認しました。大丈夫ですよ、と苦笑いしつつ彼は答えました。


「じゃあ、前にも行ったとこ・・・地下の、和食の・・・北2のあたり・・・なんだっけ。」


 もどかしそうに早川さんが呟きました。


「ああ、わかりました。電話しておきますね。もう、早川さんが言い出すとなんでも早いですよね。すぐ決まるので面倒がないけど。」


 杉山さんが返事をしました。ずいぶん急でしたが、思いがけず送別会を催してもらえることになりました。先日以来、成田さんときちんと話していなくて複雑でしたが、皆さんとお食事へ行けるのは嬉しくもありました。

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