第126話 メッセージ
その週末、仲介業者である川谷さんの事務所で物件の契約を済ませました。
ひとりでは不安でしたが、ナミさんが一緒に来てくれて、そばにいてくれるだけで心強くいられました。決済はまた後日でしたが、手付金は入金しました。
契約を済ませると、今後のスケジュールをまたナミさんと相談しました。修繕計画もいろいろ話し合い、ナミさん達が多くのことをサポートしてくれることになっていました。
ついに、貸家のオーナーとして第一歩を踏み出せるのかと感慨深い気持ちになりました。前の会社を辞めた時、その目標は閉ざされたも同然でした。
そこから思わぬ形で、かつて想像していたよりはささやかな形であったのものの、不動産を持つという夢が実現しつつありました。今後もナミさん達と活動してゆけるのも嬉しいことでした。
「・・・ところで、聞いてよいのかわかりませんけど、ゆりかサンはうちの社長とはうまく行っているんですか?なんだか最近、彼の様子が・・・うまく言えないのですが。」
契約が終わって帰るときに、ナミさんに尋ねられました。急な問いかけに思わず焦りました。
「えっ、もしかして成田さん、ナミさんや社員の方達にいやな感じだったりしますか?」
決まり悪く思いつつ、聞き返しました。
「うーん、なんだか最近、とっつきにくいんですよね・・・ゆりかサン、心当たりは?」
ナミさんはなにか予想している様子でした。
「いいえ・・・でもちょっと、喧嘩してるかもですけど・・・」
ごまかそうとしましたが、やはり言わずにいられませんでした。
「なんだ、やっぱりそうか・・・元気のない感じだったから。」
そう呟くと、ナミさんは思い出すような顔つきになりました。
「成田さん、元気なかったですか?でもひどかったんです。この前は・・・」
愚痴をこぼしたい気分になりつつ尋ねました。私も仕事のない時は滅入っていましたが、成田さんも様子がおかしかったのであれば、先日のことを気にしているのかもしれないと思えました。
「ゆりかサンもですよ。今日に限らず、なんだか元気がないというか、悲しそうに見えたから。気のせいならと思ったんだけど。」
かすかに苦しい気持ちになりました。ナミさんが私や成田さんの様子を気にかけてくれることに心打たれてもいました。
「・・・大丈夫ですか?ワタシで良かったら聞きますけど。」
気遣うような眼差しに、不意に泣きたい気持ちになりました。ですがどうしてナミさんに言えるでしょうか。成田さんとの諍いの要因にナミさんの存在があること・・・でもそれはナミさんのせいではないのです。
「いえ、大丈夫です。私もまた、成田さんと話そうと思います。会社でのレッスンも今月で最後ですし・・・いずれにしても会う予定ですから。」
いくらか前向きな気持ちになり、成田さんに連絡をしようと思えました。ナミさんが気付いてくれたことにも力をもらえていました。
その日、私は成田さんに何度かメッセージを送りました。普段はメールか電話で連絡を取りましたが、この時は相手が既読かどうかがわかるメッセージが良かったのです。
電話ではまた口論になるかもしれないのが嫌でした。メッセージならば、冷静に気持ちを伝えられると思っていました。
ですがメッセージは既読になりませんでした。気になって何度も確認しましたが翌日になっても未読のままでした。
その翌日も、その次の日も。
成田さんへのメッセージが既読になることはありませんでした。
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