第123話 ゆらめき
ナミさんと過ごす時間が好きでした。ふたりでいても、作業するのは別々の場所で、それぞれ黙々と取り組んでいました。仕事仲間のような、異性であることをあまり意識せずにいられる間柄だと思っていました。
なのに私はいつからか、少しずつ、ひそかに、彼を慕う気持ちが強くなっていました。
今回の出来事もまた・・・
物件を買う決断ができたのはナミさんのおかげでした。怖くて進めなくなっていた私の気持ちを受け止め、認めてくれました。無理強いすることは決してなく、私が前向きな気持ちになれるまで寄り添っていてくれました。
ナミさんのことを頼りにしていました。彼が私のためにしてくれることが有難く、心強く、嬉しく思っていました。彼に感謝していて、好意を抱かずにはいられませんでした。
そんな自分に気付いてしまい、戸惑っていました。成田さんとお付き合いしていましたから、彼だけが私の想うただひとりの男性であったはずでした。
成田さんから心が離れてしまったわけではありません。成田さんと会っているとき、私は彼に夢中なのです。
翳りとけだるさを併せ持つような端正な顔立ち、それでいて眼差しは鋭く、どこにいても目立ってしまう独特の風貌にいつも心を奪われていました。不思議に響きのある暗くかすれた声もたまらなく好きでした。
そんな彼のとりわけ素敵なのはお料理上手なことです。ミステリアスな雰囲気ながら、そうした家庭的な面を持ち合わせているのはいっそう心を惹きつけられます。成田さんのお家を訪れるのは心ときめく時間でした。彼の自宅で、腕によりをかけたお料理をご馳走してくれることがよくありました。
凝り性であるのか、時に粉から麺を打って自家製のパスタを作ってくれました。フレッシュバジルのペーストをこしらえ、プロにも負けないようなお料理の腕前を披露してくれました。
成田さんのお家で過ごすのが好きでした。仕事帰りに彼の家へ出向き、泊まることもよくありました。かつて須藤と付き合っていた自分が、成田さんのような男性と一緒にいられるのは奇跡のようでした。プライベートのときも当たり前に外を並んで歩くことや、朝まで一緒に眠れること・・・あの頃望んではいけなかった、多くの暗黙の了解を昔のことにしてくれていました。
自分は大切にされていると感じていました。いずれは一緒に暮らすこともあり得るのかも知れないと思い始めていました。
ナミさんを頼りながら家を買う決断をしたとは打ち明けられずにいました。自分で物件を購入するとなると修繕へ出向く日はさらに増えますし、ナミさん達の手伝いをするだけで不機嫌になる成田さんに、伝える勇気がありませんでした。
彼になんでも話すことができればいいのにと願いつつも、身近な人ほど自分のすべてを受け入れてくれるわけではないことを承知しなければと肝に銘じていました。
今後もナミさんを頼りにして、一緒に修繕活動を続けるとなると成田さんは面白くないだろうか・・・
私が異性として想うのは成田さんだけであることを、疑わずにいて欲しいけれど・・・
その思いすら、この頃はすでに自信が持てずにいました。私はナミさんに惹かれていて、成田さんという人がいるのに、ナミさんも私を好きでいてくれたらいいのにと願っていました。
まさか自分がそのように気の多いところがあったとは思いたくありませんでした。
私は・・・
ナミさんを好きになっているのかと恐れていました。自分は心変わりをするような人間ではないと、まだ信じていたかったのです。
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