第121話 第一歩

「じゃあ、ワタシの物件の方も取りかかりますか。壁紙の残りと、掃除も少しできれば・・・」


 ナミさんはやっと車から降りようとしました。


「そうでした。私のことでいろいろ時間取ってもらってすみません。こちらもやらなきゃいけないのに。」


 先ほどの内覧やその後車の中で話し込んだりと、だいぶ時間を使ってしまっているのに気付きました。


「いいんですよ。ゆりかサンがデビューしたら面白そうだし、しばらく楽しめますね。ハッスルしていきましょう。」


 また予想外の古語をくり出され動揺しました。


「え~・・・ハッスルって・・・なんか聞くだけで恥ずかしいんですけど。どことなくいかがわしい響きも・・・」


 その日、ふたりの間ではいにしえの言葉が大流行しました。


 夕方まで、それぞれ壁紙を貼る作業をしたり、部屋の清掃をしたりと忙しく働いていました。きりの良いところまで作業を終え、帰り支度をしていた時、ナミさんの携帯が鳴りました。来ましたよ、とナミさんは私に声をかけました。


「・・・はい。お世話になっております。先ほどはありがとうございました・・・」


 電話の相手は川谷さんのようでした。先ほどの物件についての連絡に違いありませんでした。


「・・・はい、ああ、なるほど・・・わかりました。少しお待ち下さい。」


 ナミさんは私に向かって声をかけました。


「ゆりかサン、先ほどの物件、売主さんが50万の値引きは厳しいらしくて、10万戻されて40万引きなら・・・ということです。どうしますか?やめておきますか?」


「えっ?いいえ、40万も引いてくれたら十分です。それで決めてもらえますか?」


 私はすぐに返事をしました。


「わかりました。では・・・」


 ナミさんは携帯で川谷さんに伝えてくれました。他にもあれこれと話していましたが、私はとうとう家を買ってしまうのかと気持ちが舞い上がっていて、ナミさんの話がよく頭に入ってきませんでした。


 通話を終え、ナミさんは今後の契約、決済、引き渡し等のスケジュールについて説明してくれました。


「契約も、決済も川谷さんの会社の事務所で同じ札幌市内なので行きやすいと思います。いずれにしても私も同行するので心配ないです。売主さんの都合と、ゆりかサンと私で日程調整してもらいますね。」


「はい・・・っていうか、本当にあのお家、私が買えるんですか?今朝まで、家を買う予定なんてなかったのに・・・」


 私はまだ呆然としていました。今日一日のことが不思議に現実味がなく感じられました。


「ですね、寝耳に水でしたよね。とはいえ変化はある日突然訪れるものかもしれません。ゆりかサン、激動の一日でしたね。」


「どうしよう・・・家を買うなんて・・・ちょっと、パニックなんですけど・・・」


 いろいろ急展開すぎて、あらためて気が遠くなりそうでした。


「まあ、そうですね。気持ちはわかりますけど。でも大丈夫ですよ。私も多少は経験ありますから。」


 私は再び舞い上がっていましたが、ナミさんは至って冷静でした。


「そうですね、ナミさんもいますからきっと大丈夫ですね。2年で3軒だし・・・ほんの手始めですよね。うん、ちょっと楽しみです!」


 興奮がしだいに前向きな喜びに変わってゆくようでした。

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