第120話 決断

 その後もナミさんと車の中で話し込んでいました。先ほどの物件についての修繕箇所や、時間や費用のこと、契約や決済の流れや説明、税金、管理について・・・心配なことはいろいろありましたが、ひとつひとつ、ナミさんと確認してゆきました。どの点についても感じられたのは、ナミさんの助けがあれば心強いということでした。


「・・・ナミさん、私、やってみたくなりました。お話しているうちに、だんだん怖くなくなってきたかも・・・」


 そう告げるのにも勇気が必要でしたが、伝えたくなりました。


「ですよね。あの物件なら、どちらかと言えば軽い方でしょう。本当はワタシがやりたいところだけど、今はワタシのタイミングじゃないので、ゆりかサンのための家なんだと思います。」


 ナミさんの言葉に、また背中を押されたように感じられました。


「・・・私、やります。ナミさんもいますし。ひとりじゃ勇気ないですけど。」


 それまで怖がったり、迷ったりとぐずぐずしていたわけですが、結局のところ、私がナミさんを本気で頼りにするのかどうか、気持ちの問題であったように思われました。


「鈴やんとアヤちゃんも当てにしていいですよ。あと必要であれば他の仲間にも声をかけるし、人手があれば修繕も早くいけます。」


 鈴さんにも、アヤちゃんにも、助けてもらおうと思いました。他人を頼りにするのも勇気がいるものですが、彼らになら甘えられる気がしました。


「2年で3軒ですよね。そんな風に考えたことなかったけれど、実現できたら・・・」


 ナミさんの告げた2年で3軒という言葉はインパクトがありました。私が目指すべき当面の目標を明確にしてくれた気がしました。


「無理な計画ではないですよね。でも、3軒で止まっちゃダメですよ。家賃収入も生活や遊びのために使えるわけじゃなくて、再投資してゆかないと・・・」


「そうですね。今となっては修繕活動自体が楽しみのようなものですけど・・・」


 ナミさんは小さく笑いました。最初はあまりに古く汚い家に唖然として逃げ出したくなったものですが、古い家が次第に綺麗になってゆくのでいつしかやりがいのある仕事になっていました。


 ナミさんはすぐに川谷さんに電話をかけてくれました。価格交渉についても慣れた様子で話をしていました。


「・・・では、買付申込書は後でファックスしておきます。いつもの通りで、よろしくお願いいたします。」


 通話を終えるとナミさんは私の方へ向き直りました。


「・・・これでオッケーです。ゆりかサンが一番手ですよ。値引きの方は、少し押し戻される可能性もあるけど、川谷さんにお任せしましょう。売主さんへ話してもらって、またワタシのところへ連絡が来るのでお知らせします。」


「ナミさん、なにからなにまでありがとうございます。ドキドキしますね・・・こんな気持ちになるんですね・・・?」


「そうですね。好きな人にアタックするような気持ちですかね。そわそわしながら返事を待つのとか。」


 好きな人にアタック・・・?心の中で繰り返してしまいました。昭和時代の少女漫画などでよく使われていたような気もしました。


「ナミさん、アタックってなつかしいけど・・・久しぶりに聞きました。」


「そうですか。さぞかし胸キュンでしょう?不安になったり、ドキドキするのとか。」


 さらに古めかしい表現に吹いてしまいました。


「ちょっと、胸キュンとか・・・なんでそんなにさらっと言えるんですか?お腹痛いのでもうやめて下さい。」


 ナミさんは時おり古臭い言い回しを使うところがありました。いちいち突っ込まずにはいられませんでした。

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