第119話 ナミさんの戦略
「川谷さん、今回もかなり良さそうですね。もう少し相談して、また連絡しますね。」
家の中を一通り見せてもらった後、ナミさんは何気ない様子で川谷さんに声をかけました。
「わかりました。足の速い物件だと思うので、早めにご連絡お待ちしています。」
川谷さんは気を悪くした様子もなく答えていました。
「今日はご案内いただいて、ありがとうございました。」
私もお礼を伝えました。ずいぶん緊張しましたが、ひとまず内見が終わってほっとしていました。
ナミさんの車に乗り込み、そこから遠くない彼の物件へ向かっていました。
「さて・・・どうでした?急に連れて行かれてビックリしたでしょうが・・・ゆりかサンも貸家を始めるなら、早いに越したことないと思って。今回のような物件なら、資金的にも無理はないと思っていますけど。」
ナミさんには以前からあれこれと相談に乗ってもらっていて、私の準備できる資金についてもご存じでした。今回の物件も、私の自己資金でも無理なく購入できる価格帯の家でした。
「ここから50万円程度、価格交渉はするつもりです。諸費用やリフォーム費用込みで、ほぼいまの物件価格と同じぐらいになるようにすすめようかと。あの家は修繕費はかなり抑えられそうですよ。もしボイラーがダメだったら厳しいかもだけど、設置年月的にはもうしばらく行けそうでしたね。」
ナミさんはいつの間にか、ボイラーの設置年月までチェックしていたようでした。さすがだと思いました。
「50万の値引き・・・そんなに、いけますか?たしかに修繕はこれまでのナミさんや鈴さんの物件に比べると軽そうには見えました。3LDKだから、部屋数も少なめですもんね。でも、諸費用とか・・・そういうのも、私は読めていなくて。」
売り出しの物件価格も破格なので、そこから50万円の値引きは厳しく思われました。ですが確約ではないと言われたものの、ナミさんや鈴さんの経験的には可能な数字とのことでした。
まもなくナミさんの貸家へ到着しましたが、彼は車から降りず、川谷さんから頂いた物件資料を眺めていました。そこへ不動産取得に関する諸費用、修繕すべき箇所、そのためにかかるであろう費用をあれこれと予測してメモを書いてくれました。
「ワタシの予測では、大まかな費用はこのぐらい見ておけばいいかな。ゆりかサンの資金からすれば、一軒目として無理のない範囲だと思うけど・・・あと、クッションフロアとか屋根塗り用のペンキとか、自宅の物置に在庫している分があるので、好みがうるさくなければお譲りしますよ。」
あれこれと、なぜこんなにこの人は親切なのかと思いました。
「そんなに、甘えるわけには・・・というか本当に、私が自分でやろうとしても、何もわかっていないことがよくわかったんです。今まではお手伝いだったから気楽でしたけど・・・自分がオーナーになると思うと怖い気持ちしかなくて。」
ナミさんの気持ちは嬉しいのに、まだ私は怖気づいたまま言い訳ばかりでした。
「ゆりかサン、怖い気持ちは正常だから、その感覚も大事にしていいと思いますよ。あとはその怖いところをひとつひとつ確認していきましょうよ。ゆりかサンもさっきの物件、それほど悪くなく思っていたようですけど。」
「それは、もちろん・・・私がナミさんだったら、迷いなく買えると思うんです。でも私はナミさんじゃないし・・・能力がぜんぜん違うし・・・」
「それはどうも。ゆりかサンがワタシだったらいけると言うなら安心しました。さっきも言ったけど、ワタシのできることは全部ゆりかサンができることと思って良いですから。」
ナミさんの顔が明るくなって、笑顔になりました。私の背中を押してくれるのを感じていました。
「本当にそうだといいんですけど・・・でも、クッションフロアーも屋根塗りも、ひとりでやったことはないので経験値が・・・」
まだ、自分にできないことをいくらでも並べたくなりました。いざとなれば業者を使うという手もありましたが、費用がかさむでしょうし、その予測もつかないのでした。
「だから、ひとりでやらなくていいし。ワタシのこと、使っていいですよ。ワタシ達もずいぶん手伝ってもらってますから遠慮はいらないです。ゆりかサン、不動産収入があった方が英語のお仕事もしやすいのでしょう?自己資金も頑張って貯めたのに、おカネを遊ばせておいたら勿体ないですよ。ゆりかサンなら2年以内に3軒はいけると思いますよ。」
「2年で、3軒・・・?」
ナミさんの言葉に面食らいました。最初の一軒めですら踏み出せないでいるのに、一体この人は・・・?
「そりゃそうですよ。ちょっと書きますから、待って下さいね・・・」
またナミさんは、物件資料の裏面にあれこれとシミュレーションを書き始めました。今回の物件を購入して修繕するまでの費用や期間、貸しに出した後の収入、残りの資金から次に購入すべき物件の予測、その後の収益など、細かく計算しながらわかりやすく書いてくれました。にわかには信じがたいものの、彼の書く内容を興味深く眺めていました。
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