第115話 貸家業

 ですがナミさんの話も理解できました。ナミさんや鈴さんは現金でそういった古家を買い込んでいて、どんなに安い家だとしても、立て続けに何軒も購入できるわけでないのは確かです。貸し出すまでの修繕を何か月もかけて自分たちで行い、その後やっと少しずつ家賃を回収できるのです。なので資金が減ってしまうと、再び家を購入できるまで時間がかかるはずでした。


「ローンは使えないからすぐに資金が行き詰まって、足止めを食うんですよね・・・でもワタシは借金が嫌いなんで。会社の人たちは平気になっちゃっているけど、ローンを返しながらだと手残りも少ないですしね。ワタシは金持ちになりたいわけではないので、そこまでする気にはなれないんですよ。」


 ナミさんはそう言いましたが、私からすればなぜナミさんはローンを使わないのか、考えてみれば不思議でした。


「でもナミさんは会社員ですし、何年もお勤めですからローンを組もうと思えばできますよね。そこが私とは違いますよ。私なんてフリーとパートですから、信用力ゼロですけど・・・」


 かつて私は前の会社で勤続年数を重ねて収益物件を持つという目標がありましたから、ナミさんの属性は羨ましいのでした。


「確かに勤め人ですけど、不動産会社の社員って転職する人も多いし、あまり信用ないみたいで。杉山君も審査通るまで何度もチャレンジしていたし、どちらかと言うとローンを組むのが難しい部類なんですよ。物件情報を得るのは有利ですけど、ローンに関しては不利だったりしますね。」


 ナミさんはそのように説明してくれました。


「そうだったんですか。そういうものですか・・・?」


 意外に思いました。業種的には物件選びは非常に有利に思われるのに、そのようなハードルがあったとは知りませんでした。


「いずれにしても、我々のやっているような古家のために銀行から借りるのは難しいですよ。築古で格安の家となると、担保力もほぼないですし・・・利回りは落ちても戸数の多い、立地も手堅いアパートなどは収益物件としては認められやすいと思います。でも借入も高額になるし、諸費用として自己資金も多く必要になりますね。ワタシは古い戸建てを再生させるのが好きだから、アパートなんかは萎えちゃうんですよね。」


 しばらくの間ナミさんの古家修繕活動を共にしてきましたが、ナミさんの目標めいたものを聞いたことがありませんでした。不動産に関わるのは、経済的自由を目指してのことだと思い込んでいましたが、もしや趣味だったのだろうかと心をよぎりました。


「ナミさんは、どうして戸建ての再生をするんですか?いろいろ大変な面もあると思うんですけど。」


 ふと興味を感じて遅まきながら尋ねてみました。


「単純な話ですけど、お客さんで同じようなことをやっていた方がいて、面白そうだと思って・・・で、ワタシは業者なので情報を取るのは有利ですし、管理も心得ていますから。ワタシでもできそうだと思ってやり始めたら、はまっちゃったというか・・・」


「そうですよね。業者の方は不動産サイトなどに掲載される前の情報が得られますよね。すごい強みだと思います・・・」


「ネットで閲覧できるような情報はすでに下流の売れ残りみたいなものですからね。でも上流のめぼしいものも業者間の競争は激しいし・・・ネットで見られるまで残ってしまったような物件は価格交渉も期待できます。ワタシも最初は投げ売り状態だった、誰もが敬遠するような家をさらにウン十万まで値切って始めましたよ。買えなくてもいいと思ってたのに、買えてしまって複雑だったな・・・」


 ナミさんの話に笑ってしまいました。本当は買いたくなかったのでしょうか。


「それってどんなお家だったんですか?ウン十万って・・・」


 このところのナミさんや鈴さんが取り組んでいた物件は、築古とはいえ150万~200万円の価格帯であるイメージでした。


「やばいやつですよ。今だったら買いたくないけど・・・駐車スペースがないのは勿論、旗ざお地で、汲み取り式トイレとか、ほんとにろくでもない物件で。でもそんな家でも貸しに出せば月に数万円から月収が上がるんだから、増やしたくなるでしょう。すぐに元は取れましたね。だから家賃収入があっても、貯まると次の家を買いたくなっちゃうんです。」


 ナミさんや鈴さんはそのように何年もかけて物件を増やしていたようです。会社のお給料もあれば普通の人より収入は多いのでしょうが、また家を買うためにつぎ込んでしまうということでした。


「いずれは勤め人をやめて自由な時間がもっと欲しいですけど、でも今の会社も気に入っていますし。仕事柄、なにかと有利ですからね。」


 ナミさんにも一応目標めいたものはあるようでした。お勤めをやめたいという気持ちは理解できました。私自身は、収入は下がったものの、時間や日程の融通がきくフリーランスは自由度が高く、この感触を味わってしまうとフルタイムの勤務に戻れる気がしませんでした。


「現在の職場がお好きなら良いですね。それでもやめても良いほど収入があったら気楽ですよね。私もいまの自分の仕事は大好きですけど、もう少し収入が多ければ安心ですが・・・いまは正直ちょっときついです・・・」


 英語の仕事は気に入っていましたが、成田さんの会社のレッスンをやめる予定でしたし、安定しないものだと感じていました。


「だったらなおさら、貸家を1軒やってみましょうか。でもまずは見てみないとですが・・・今日のところは少し期待しています。よその業者さんですが良い情報をパスしてくれる方がいて、おすすめだったので。」


「え~、そうなんですか・・・でもやっぱり怖いです・・・鈴さんじゃなくても、他のお仲間の方達もいますよね。そちらにすすめた方が良いような・・・」


 せっかくのチャンスかもしれないのに、私は逃げ腰でした。


「ほら、もうすぐ着きますよ。まずは見てみないと。」


「そうですね・・・わかりました・・・」


 私はすっかり臆してしまい、浮かない気持ちでした。ふだん物件の内覧をするのは好きでしたが、自分が買うつもりではなかったので気楽でした。この日は思わぬ展開に重い気分になっていました。

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