第113話 傷心

 成田さんから思いがけない話をされ、その後も浮かない気持ちが続いていました。


 私自身はどのような願いを持っていたのか・・・それもよくわかりませんでした。


 もし仮に、成田さんが結婚を望んでいたのならば、私は悩むかもしれないと考えていました。もう結婚はしたくないと思い続け、ひとりで自立しながら生きてゆく道を模索していたつもりでした。


 ところが成田さんにはその気もなく、結婚という選択肢のない人であったと知り、これほど自分が傷心めいた気持ちになるとは想像していなかったのです。


 私はいまだ、心の奥底に強い結婚願望を潜ませていたのでしょうか。自分自身のことなのに、なんともよくわかっていないものでした。


 前の結婚がうまくいかなくて、相手に経済的に依存してしまうことが弱みになって、今まで苦労してきたのに・・・


 ですが今になって、かつての夫の貴之が私と結婚という形を選んでくれたことや、再会した後も戻りたいと言ってくれたことが切なく思われるのでした。


 未練と思いたくはありませんでしたが、あの人なりに、誠意ある姿勢で私と向き合ってくれていたのではと気付かされました。


 ですが成田さんは・・・


 良いお付き合いができている気がしていたので、彼の話はショックでした。


 再び誰かを好きになれると思えなかったのに、少しずつ私は成田さんを大好きになっていて・・・彼のような人とお付き合いできるのが夢のようだと思っていたのに。私なりに彼を真剣に愛していたつもりでした。


 でも・・・


 彼が軽い気持ちで、遊びのつもりで私と付き合ったとは感じられませんでした。


 いわゆる普通の結婚という形ではなくとも、彼は私と付き合ってゆく意思があると言ったことまでを疑いたくはないのでした。


 彼にとっては真剣な気持ちだったのでしょうか。普通の形とは違っていたとしても・・・


 お料理をしてくれる成田さんが好きでした。優雅で洗練された物腰や、忙しくとも私と会おうとしてくれるのも、いくぶん執着なのかと思われるときも・・・


 私もまだ、成田さんのことを好きなままでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る