第110話 束縛
次に成田さんに会ったとき、また口論になりました。互いに休みの重なる日に、ナミさんの物件へ行く約束をしていました。少し頻度を減らそうと考えてはいましたが、先に約束していた日程は守るつもりでした。
そうなると、例のごとく成田さんは不機嫌になりました。私がいつまでナミさん達の手伝いを続けるつもりなのか、休みの度に出向くので成田さんとは一緒に過ごせないこと、ナミさんと成田さんの休日は同じ日であることが多いため、私がナミさんばかりを優先しているのだとなじられました。
かつては日常のこと、自分の生活のことやナミさん達との活動について、成田さんにも話していたものですが、それも良くなかったのだと思いました。成田さんに対しては自分や周囲について話すのをやめようと思いました。干渉されるのは嫌でした。
私は説明するのも疲れていました。成田さんのことは好きですが、修繕も大切な活動でした。成田さんは理解しようとはしませんでした。彼をないがしろにしているつもりはなく、日頃から彼の家で過ごしたり、泊まることもありました。ですが頻繁に会っていても、彼は私の行動が気に入らないようでした。
「ゆりかは普段の仕事も忙しそうだし、少し減らした方がいいと思うよ。うちの会社に来てもらうのも今月までにしてもらおうと思っているけど・・・」
急に、そのように切り出されました。
「え、待って下さい。隼人さんの会社のレッスン、やめてしまうんですか?皆さんずいぶん慣れてきていて、英会話もだいぶ上達してきたのに・・・」
驚いて聞き返しました。いつも良い雰囲気で続けてこられたので、やめてしまうのは腑に落ちない話でした。
「そう、おかげさまでね。だから次の段階としては外国人の講師に来てもらって、本格的に覚えてもらうつもりだよ。ゆりかには悪いけれど、前からそのつもりだったから。」
前からの予定だったと言われても、すぐには気持ちを整理しかねました。だとすれば、そのように最初から言っておいてくれたら良かったのに。まるで自分が使い捨てにされたようにすら感じられました。
「そうだったんですか・・・確かに、ネイティブの方に教えてもらった方が、その方が良いでしょうね。それはよくわかるけど・・・」
内心ではショックでした。どのクラスの生徒さん達も大切でしたが、成田さんの会社でのレッスンもとても好きでした。社員さん達と雑談できる機会も楽しみでした。不動産について教えてもらえる貴重な時間でもあったのです。
ですがそれも私個人の気持ちに過ぎず、仕方ありませんでした。社員の方達が英語のレッスン自体をやめるわけではないので、レベルアップのためだと思うしかありませんでした。
雇われている身では、雇う側の意向でいきなりやめなければならない現実を思い知りました。自分で主催しているカフェでの教室は、生徒さんの都合による人の入れ替わりも時にありましたが、このように突然、クラスをやめざるを得ないのは残念なことでした。
収入に関しても・・・成田さんの会社のレッスンをやめてしまえば、その分の収入はなくなってしまいます。割の良い仕事だったので痛い状況でした。
「ゆりかはいつも忙しそうだし、仕事の時間をもっと調整した方が良いと思うよ。収入は減るかもしれないけど、ここで一緒に住んでもいいんだし。家賃も必要ないし、食費や光熱費も気にしなくていいから。ここの方が便利だし、ゆりかの家から通うよりも楽だよね。」
ふと調子が変わって、成田さんは朗らかに言いました。彼はよく、私に一緒に住めばいいと話していました。冗談交じりと思っていましたが、意外と本気で言っていたのかもしれないと気付きました。成田さんと過ごすのは好きでしたし、広さも十分なマンションで居心地の良いのは確かでした。
「そんな、それでは申し訳ないし・・・それに一緒に住むとなると、いろいろ考えてしまいます・・・」
とても親切な申し出であり、気持ちは嬉しかったのですが、まだ心を決めかねる理由はいろいろありました。
「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない?行ったり来たりするのも大変だろうし、ゆりかとなら一緒に住んでもいいと思っているよ。」
成田さんはいたって軽い調子でした。ですが家を引き払う側としては、考えないわけにはいかないことが多くありました。現在の自分の部屋を借りる時にも苦労しました。もしも成田さんとの関係がうまくいかなくなったら・・・会社員ではなくなった自分が、また部屋を借りようとしてもさらに難しくなるはずでした。
「でも・・・今まで、きちんと聞いたことはなかったんですけど、成田さんは、将来的にはどう考えていますか?同棲となると、結婚を前提に、ということなんですか?」
聞いたものか迷いましたが、勇気を出して、思い切って尋ねてみました。ですが彼からは意外そうな顔を向けられました。
「結婚・・・?ゆりかから、その言葉が出るとは思わなかったな。前向きではないと思っていた。」
成田さんの反応に複雑な気持ちになりました。確かに私は失敗している身でしたし、彼が将来について明確になにかを言ったことはありませんでした。
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