第107話 軋轢
「たまたまこの程度で済んだかもしれないけど、ゆりかはそんなに器用な方でもないんだから、もっと大きな事故に遭わないとも限らないし・・・いい加減にやめた方がいいよ。」
成田さんはきつい口調で告げました。心配してくれているのだと思いましたが、そんな風に責められることでもないと思いました。
「でも、私には大切なことなんです。私もいずれは投資用の物件を持ちたいですし、ナミさんもいろいろ教えてくれています。修繕だけでなく、物件の見極め方や管理や、教わりたいことはいくらでもあるんです。」
むきになって言い返しました。彼の決めつけるような言い方にも反感を覚えていました。
「ゆりかはそう言うけど・・・私は良い方法だとは思わない。自力で修繕するなんて時間がかかりすぎるし、物好きの類だよ。誰にでもできることでもないし、ナミは変わり者なんだよ。彼がやる分には反対するつもりはないけど、ゆりかを巻き込むとはな・・・」
成田さんは私がナミさん達の古民家修繕へ出向くことにいつも不満そうでした。不動産投資に関して彼はもちろんプロでしたが、誰もが潤沢な資金を用意できたり、借り入れを利用できるわけではなく、人それぞれに背景が違うことも理解すべきだと思いました。
「それでも、現実的には私が不動産を持ちたいと思ったらナミさんのように、格安の物件を現金で買うぐらいしか方法はないでしょう?お金を借りたくても、パートやフリーの講師なんて、どこの銀行も相手にしてくれなさそうじゃないですか。でもナミさんのやり方なら・・・」
突然、バン、と大きな音がしました。成田さんがソファの前のテーブルを叩いたのです。音にも驚きましたが、いきなり冷や水をかけられたような心地がしました。驚いて彼を見ると、ひどく冷たい表情でした。
「ゆりかは、誰と付き合っている?そんなにナミのところに行きたい?あいつは私の従業員なんだよ。私が奴の給料を払っているのに。」
冷ややかな口調で、責めるような顔つきでした。しばし言葉が出ませんでした。この人は、何を言っているのだろうと混乱しました。なぜ彼がこんなに怒っているのかもわかりませんでした。ひどく感情的で、いつもの彼らしくない様子に戸惑い呆然としました。もしかすると、彼はナミさんに嫉妬しているのだろうかと微かに思い当たりました。
「私は、隼人さんと付き合っているけど・・・」
理不尽な怒りを向けられたような気がしました。成田さんの怒るのが嫌だったのと、悔しいような気持ちであとの言葉が出てきませんでした。
どうしてこの人はこんな言い方をするのだろう?ナミさんも私も、鈴さんやアヤちゃんも、みんな頑張っているのに・・・怒られたり、責められたりするようなことはないはずなのに・・・なぜこんなに嫌な気持ちを向けられなきゃいけないのだろう?
うまく言い返せないことも悔しくて、成田さんがこんな怒り方をしたのもショックでした。いろいろな感情がごちゃごちゃして、涙がこぼれてきました。
「・・・そうだよ。ゆりかが好きなのは私だよね?ゆりかは私の彼女なんだから、おかしなことをするもんじゃない。私はゆりかに苦労はさせないつもりだよ。」
成田さんの口調が和らぎました。抱き寄せられ、成田さんは私の髪をわし掴みにしました。その髪の毛を彼は自分の顔に擦り付け、日頃もよくこのようにするのですが、この時は良い気がしませんでした。
「私も言い過ぎたから・・・泣かなくていいよ。もっと、私と一緒にいるようにしてくれればいいから。私のゆりかなんだから。」
なだめるように、優しくかすれた声で囁かれました。彼は私の頬や耳に、何度もキスをしました。先ほどは怒っていたかと思ったら、熱く絡みつくような口づけを繰り返しました。私はどこか消化しきれない思いを抱えつつも、反転されたかのような甘さに吞み込まれ息を乱していました。
嫉妬する男性は嫌いではありませんでした。
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