第105話 転倒
古い家の再生は面白い活動でしたが、ある日私はへまをしました。玄関まわりの清掃をしていた時のことです。作業のときによく脚立を使いますが、玄関から靴を脱いで家に上がる段差部分のスペースが狭く、脚立を使うにはぎりぎりの幅でした。ですがなんとか置くことができたので、高い場所の拭き掃除をしていました。
その時、作業をしながら脚立の足の位置がずれてしまいました。段差の端から脚立の足のひとつが落ちてしまい、ぐらりとその場が傾きました。しまったと思いつつも、どうすることもできませんでした。ものすごい音がして、私は脚立ごと倒れました。
玄関のたたきである固い床に背中と頭を打ち付け、一瞬気が遠くなりました。音も大きくて怖かったのと、すごく体が痛くて動けないかもしれないと思いました。
最初にナミさんが飛んできてくれましたが、動けませんでした。大きな声で名前を呼ばれてもすぐに返事ができませんでした。彼は慌てたらしく、まるで怒鳴るかのように私を呼びました。聞こえているのに・・・と思いながら、ナミさんの顔を見てびっくりしました。もとは色白な方でしたが、この時は真っ赤な顔をしていました。
鈴さんやアヤちゃん、子ども達も駆けつけてきて、みんなに声をかけられました。子ども達は私の倒れた様子を見て怖がっているようでした。救急車呼ぼうか、とアヤちゃんが携帯を取り出していました。
「・・・待って、大丈夫・・・ちょっと痛いだけだから・・・」
なんとか声を絞り出して、アヤちゃんが電話するのを止めました。すごく痛いけれど、そんなに大ごとではないはずだと思いました。
「ゆりかサン、大丈夫ですか・・・?起きられますか?どこか折れたりは・・・」
さっきは赤かったのですが、今度は青ざめた顔のナミさんにこちらの方が心配になってしまいました。
「いえ、そういう感じは・・・でも背中が痛くて・・・ちょっと見てもらえますか?」
頭の痛みは徐々にひいていきましたが、背中がずきずきと痛みました。なんとか起き上がると上着を脱ぎ、中に着ていたシャツを上げて、痛みの強かった肩の後ろから背中のあたりを見てもらいました。
「・・・どうなってますか?」
身体を見せるのもどうかと思いましたが、やたらと痛むので恥ずかしがってもいられませんでした。
「血は出ていないけど、大きく赤くなっています。あざになってしまうかも・・・?強く打ちましたね。病院へ行きましょう。」
ナミさんは顔色も表情も失っていて、ショックを受けているようでした。そんな様子の彼を見たのは初めてでした。
「いえ、血が出ていないなら大丈夫ですよ?そんな大げさなことじゃないと思うんで・・・ちょっと休憩しておやつを食べればまた動けますから。うん、もう平気です!」
正直その時はまだ痛かったのですが、皆に心配をかけたくないので大ごとにしたくありませんでした。出血もしていないならそのうち治るはずだと思いました。
「ゆりかさん、無理しないで・・・脚立から倒れたんでしょ?病院で診てもらった方がいいんじゃない?いま調べるから、待ってね。」
アヤちゃんがスマホで病院を調べようとしてくれていました。
「いや~大丈夫。病院行っても待たされるし、消毒してばんそうこう貼ってもらうだけでしょ?時間が勿体ないよ。」
私は日頃から病院がきらいでした。よほどの時は別として、ちょっとしたことならば極力行きたくはないのでした。
「ゆりかさんって意外とたくましいよね。じゃないとこういう所は来ないか。アヤ以外の女子メンバーっていなかったもんね。」
鈴さんが感心したように言いました。
「そうだよ。ゆりかさんが来てくれてやっと女子の仲間ができたのに。ゆりかさんに何かあったら困るよ・・・」
不安そうな面持ちで、心配してくれているアヤちゃんの様子に心打たれました。
「ごめんね、みんな心配かけちゃって・・・でも、びっくりしただけだから。おやつ食べたら治るから、ひとまず休憩しようかな?アヤちゃんもコーヒー飲もうよ。」
私は立ち上がり、平気なことをアピールしました。この日は休憩用に、某スイーツ店の焼き菓子を買い込んでいました。いつどんな時も、カフェタイムは元気になれる時間でした。
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