第102話 批判

「私はゆりかともっと過ごしていたいけれど。でも明日またゆりかは行くんだよね。せっかくの休みなのに。どうしてナミのところへ行くのかな。私の彼女なのに。」


 背もたれの大きな心地よいソファに並んで座り、食後のお茶を頂いていました。成田さんは私の髪に指を絡ませました。彼は私の髪の毛が好きらしく、ふとした合間にいつも触るのでした。


「隼人さんも明日はお仕事でしょう?ナミさんだけじゃなくて他の人たちもいるし、前からずっとお手伝いしているので。ひどい家だったのに、どんどんキレイになって、変わるのが楽しみなんです。」


「ゆりかに会えないから仕方なく仕事するんだよ。そもそも業者にさせるようなことをナミはともかく、ゆりかまで駆り出されて、しかもボランティアだっけ?いい加減、早くやめればいいのに。」


 成田さんは私がナミさんやお仲間たちのお手伝いを続けているのが気に入らないのでした。ですが私もいずれ収益物件を持つときに向けての修行になりますし、経験値を上げるためには大切な場でした。


「ナミさんには良い仲間たちがいて、助け合い精神も素敵ですし勉強になることばかりです。いつも人手を欲しがっているので隼人さんも行きますか?」


 うまく言えませんが、決して楽なことばかりではないものの、古い家の修繕活動には不思議な魅力がありました。


 壁紙を貼ったり掃除をしたり、作業内容はさまざまですが、無心になって体を動かし仕事をするのは心身ともに良い時間でした。そこへ集る仲間たちもアットホームな気の良い人々で、鈴さんの子供たちに会うのも毎回楽しみでした。そこはすでに私の居場所のひとつでした。成田さんも一度来てみたら良いのにと感じていました。


「まさか。私は遠慮しておくよ。素人がいい加減な仕事をするなんて入居者さんに申し訳ないし、どうかと思うけど・・・」


 予想はしていましたが成田さんはいつも敬遠しました。実際のところ工事現場の作業ですから、彼には似合わないと思います。私自身もジャージや作業ジャンパー姿を見られたくない気がしました。


「偏見ですね。いい加減な仕事なんかじゃなく、皆さん経験値は高いですよ。業者にかかる費用を抑えて家賃や利回りに反映していますし、大家さん自らそのように働く姿は立派じゃないですか。」


 つい反論しました。私はともかく、ナミさんや鈴さんの技術はすでに素人レベルを超えていました。


「嫌だな。ゆりかはすっかり洗脳されてるけど、ナミ達のやり方って邪道だよ。築古のボロ小屋みたいな家を安く買い叩いて、利回りが高いと言ってもそれだけリスクも高いってことなんだよ。先行きも怪しすぎる。」


 成田さんの会社やご実家では、大がかりな物件を持つのが主流らしく、同じ不動産と言っても多様なやり方が存在するのでした。成田さんは自分のやり方こそが王道のように思っているふしがありました。


「でも、ナミさんのやり方でしたら私でも挑戦できるかもしれないんです。誰でもローンを組めるわけじゃないですし、収入が安定しているわけでもないので。そういう人たちにとっては希望があります。」


 不動産投資はお金を作る方法として昔から存在するものですが、そこへ新規参入するのは容易ではありません。須藤や成田さんも、家族がすでにその類の仕事をしていました。多くの場合は親や身近な人の実績があり、そうでもなければ気安く手を出せるものではありません。


 最近では会社員でも勉強をして不動産投資をするケースもあるようですが、信用力のある会社に属している人はローンが使えます。ですが私のような、非正規の働き方をしている人間にとってはナミさんのやり方しか道がないように思われました。


「ふーん、熱心なもんだね。私としては、おすすめはしないけど・・・まあ、今後もゆっくり話していこうか。今はゆりかも気に入っているみたいだし、仕方ないね。」


 成田さんとの時間を何よりも優先していなくても、互いに大切にしたい物事があっても良いと思っていました。この頃は彼もまだそのようなあり方を認めてくれているのだと思っていました。

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