第93話 誘い

「・・・そろそろ戻れそう?吉村さんも心配してるよ。」


 何事もなかったように成田さんは言いました。私はまだぼんやりとしたまま立ち上がり、お手洗いを出ました。いろいろ謎でしたが、成田さんも実は酔っぱらっていて、わけが分からないのだろうかとも思いました。


 先ほどの半個室の席へ戻ると吉村さんに謝られました。飲ませすぎてしまったとお詫びを言われましたが、私が調子に乗って飲んでしまったせいなのに申し訳なく思いました。


 私もお詫びとお礼を伝え、成田さんとお店を後にしました。まだ体がだるかったものの、吐く前よりは楽になっていました。


「今日はいろいろあったね。飲ませすぎちゃっていけなかったね。吉村さんは後から来たから、一緒に飲んだら飲みすぎになるよね・・・」


 成田さんが笑って言いました。彼もかなり飲んでいましたがお元気そうでした。


「私こそ、ひどくお世話かけてしまって、本当にすみませんでした。いつもはあんな風じゃないんですけど、楽しくてつい・・・気を付けます・・・」


 恰好悪いと思いつつ、つい言い訳してしまいました。


「気にしないで。ゆりかが楽しかったなら嬉しいし。それと、私の家はすぐ近くなんだけど。歩いてすぐだし、休んでいく?寝ちゃってもいいんだよ。」


 ああ、そうなるのか・・・と思いました。きっとありがちなパターンなのかもしれません。


 もしも酔っていなかったら・・・お酒をあんなに飲んでいなかったら・・・少なくとも日頃の私ならば、彼とふたりきりになることを避けていたかもしれません。ですがこの日は・・・


「何もしないから休んでいった方がいいよ。まだ心配だし・・・私の家、もうすぐそこだよ。」


 成田さんの示した方向にマンションらしい建物がありました。洗練された綺麗な建物でした。エントランスも立派で、自分の住んでいる旧式のアパートとはまるで違って見えました。このまま成田さんのお家へ行ってみたい気がしました。


「この際ですからお邪魔します・・・そしてすぐ寝ます・・・なにもしないとか普通は信用しませんけど、成田さんはどうなのか、たしかめます・・・」


 魅惑の男性の申し出に抗う気力も残っていませんでした。自分の中から理性が抜け落ちてしまったのと、成田さんを好きな気持ちがありました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る