第92話 失態

「あの、私はもう・・・ちょっとやばいです。飲みすぎたかも・・・」


 楽しい時間で、楽しいお酒でした。素敵なカフェに連れてきていただき、オーナーさんも加わってはしゃいでしまい、いつになく飲みすぎていました。


 お酒は弱くもないつもりでしたが、急激に気分が悪くなっていました。


「ゆりか、顔色悪いね。大丈夫?トイレ行く?」


 成田さんと吉村さんもたくさん飲んでいましたが、まだ平気そうでした。


「いえ、お水飲もうかな・・・いや、やっぱりトイレ行きます。」


 立ち上がった際に、お水のグラスを倒してしまいました。


「あ、すみません!拭きます・・・!」


 バッグからハンカチを探していると、吉村さんが素早く台拭きを持ってきて拭いてくれました。


「大丈夫ですよ。酔っぱらうと私もよくやりますから。お手洗い、大丈夫ですか?」


 気遣うように吉村さんは声をかけてくれました。


「すみません・・・行ってきます・・・」


 半個室のスペースを出て店内を見回していると成田さんも出てきました。


「ゆりか、場所覚えてる?こっちだよ。」


 成田さんがお手洗いまで連れて行ってくれました。ろくにお礼すら言わずついてゆきました。


「大丈夫?飲ませすぎちゃったよね。けっこう強いと思ってたんだけど・・・気持ち悪い感じ?吐きそう?」


 成田さんが言葉をかけていてくれましたが、ろくに返事もできませんでした。だいぶ具合が悪かったのですが、吐くまで飲むようなことはよほど若い頃以外はありませんでした。


 この場で吐くのは嫌でした。成田さんもいるのに・・・こんなに素敵なお店なのに、そんなみっともないことはしたくありませんでした。


「すみません・・・大丈夫です。大丈夫なんで、もう行って下さい・・・」


 とにかく、成田さんには場を外して欲しいところでした。


「ゆりか、具合悪いんだったら吐いちゃった方がいいよ。そんなのよくあることだし、我慢しない方がいいよ。」


 成田さんは個室のドアを開け一緒に入ってきました。


「ほら、大丈夫?昔はよく酔っ払いの世話をしていたな・・・飲み屋でバイトしてたから。さすがに最近はないけど・・・」


 声をかけられつつ、私はとうとう便座の前にしゃがみこんでしまい、背中をさすられました。本当に気持ちが悪くて吐いてしまいたいのはやまやまでしたが、この状況では厳しいものがありました。よりによって、成田さんの前で・・・なんとしても避けたいことでした。成田さんも私を介抱せず、早く戻って欲しいと願いました。


「大丈夫?吐けないんだったらちょっと我慢して・・・」


 驚いたことに、成田さんは私の口の中に指を入れてきました。喉の奥まで入れられ、あっという間に私は戻してしまいました。すぐに水を流してくれましたが、その後も彼は容赦なく再び私の口に指を入れ、二度、三度、何度か吐き続けました。


「ごめんね、大丈夫?もう出ない・・・?おしぼりもらってくる。」


 成田さんはお手洗いから出てゆきました。いろいろショックで茫然としていました。成田さんは平然としていましたが、こちらとしてはいたたまれない気持ちでした。


 まさか、こんなことになるなんて・・・成田さんにあんなことまでさせて、醜態をさらすことになろうとは・・・つい先ほどまでの楽しかった時間が遠いことのように思われました。


「ゆりか~、大丈夫?はいお水、うがいする?顔も洗う?」


 すぐに成田さんは戻ってきました。お水の入ったグラスとおしぼりを持ってきてくれました。あれこれお世話をしてくれましたが、恥ずかしすぎて気が遠くなりました。


 お水を受け取りうがいをしました。少しお水を飲みましたが、吐いた後のせいか変な味でした。成田さんがおしぼりで顔を拭いてくれました。有難かったのですが、恥ずかしさと情けなさで気持ちはぼろぼろでした。吐いてしまった衝撃もあり、涙が出てきました。


 それなのに、なぜか成田さんは私にキスをしました。状況がわからず身を離そうとしました。驚いて彼を見ましたが、彼は再び唇を重ねてきました。最初よりもゆっくりと、本当のキスをしました。いろいろ不思議でしたがされるがままでした。吐いた後で汚いでしょうし、すごく変わった人だと思いました。なぜこのタイミングなのかと腑に落ちませんでした。

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