第76話 ナミさん

「お待たせしてしまって。まさか本当にゆりかセンセイも来るとは半信半疑だったのですが・・・ほんとに来ちゃったんですね。」


 春も近づきつつあったある休日、時間よりも少し遅れてナミさんが待ち合わせ場所のコンビニまで迎えに来てくれました。


 成田さんの会社でのレッスンは順調に続いていました。社員の方達ともよく話すようになり、ナミさんの言っていた格安高利回りの物件を見学させてもらう約束をしていました。


「もちろん、興味ありますから・・・ナミさん、なんかいつもと雰囲気が違いますね。」


 お店で会ったナミさんは古びたジーンズに、黒くて安っぽいジャンパーを着ていました。しかもその上着にはよくわからない汚れがところどころに見られました。日頃は成田さんのオフィスでのスーツ姿を見慣れていましたから、一体この人はどうしたのかと怪訝に思いました。


 お店の外に駐車した彼の車に案内され、また戸惑いました。ワゴンタイプの大きめの車でしたが、後部座席と荷台には大量の荷物が積み込まれていました。いくつかのダンボール箱、バケツ、なにかの缶、掃除機、小型の灯油ストーブ、ちゃぶ台、よくわからない大きな入れ物、よくわからない様々な道具など、もはやカオス状態でした。


「えーと、なんかすごいですね・・・じゃあ、助手席良いでしょうか?」


 助手席のドアを開けてみて、再び躊躇ちゅうちょしました。座席部分に、茶色っぽい謎のシミがべったりとついていました。


「あっ、すいません。前にペンキこぼしちゃって・・・もう乾いているからそのまま座っても大丈夫ですけど、やっぱり嫌ですよね?」


 言葉を失っていたところに声をかけられました。乾いていると言われても嫌だなと思っていると、彼は荷台の方からタオルのような物を持ってきて敷いてくれました。どうやら雑巾用とおぼしき代物で、きれいな状態とは言いかねました。


 それでもないよりはましかとその助手席に座りました。彼と同行したいと言ったのは自分でしたが、間違えたかもしれないと心をよぎりました。


 ナミさんに不動産について教えて欲しいと頼み込んで、ローンを組めない人に向いているという方法を教えてもらうことになりました。


 不動産オーナーになるためには、ビルやマンション、アパートをローンで購入し、月々の借り入れを家賃で返済しつつ、手残りで稼ぐのが定石と考えていました。かつて付き合っていた須藤もそのようなやり方でしたし、早川さんや杉山さんも同じでした。


 ですがナミさんはまるで違っていました。ローンを好まず、札幌近郊で売りに出されている築年数の古い一軒家を現金で購入し、リフォームをして賃貸に出すというやり方でした。そしてデータを見せてもらうと、信じがたいことの連続でした。


 常識では考えられないことが多すぎて、普通ならば敬遠してしまうところでした。私もナミさんが知人でなく、どこかで話のみを聞いたならば、うさん臭いとしか思えないことばかりでした。

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