第69話 依頼

「ちょっと成田さん、そんなのずるいですよ!私も独り暮らししてますし、ゆりか先生に作って欲しいですよ!」


 成田さんの発言に、ユキちゃんがすかさず反応しました。


「そんなこと言ったら私は実家ですけど、ゆりか先生のお料理食べたいです!」


 なぜだか京子ちゃんも便乗してきました。


「そうだ、そうだ、私も食べたいんですよ!」


 続けて未央ちゃんも混ざってきました。


「実家の人はダメだってば!おかあさんのお料理食べてるんでしょ?欲張りすぎだよ!」


 仮定の話のはずが、ユキちゃんがむきになって反論しました。


「えっ、私も誰かが作ったお料理食べたいんだけど・・・?誰か、作ってくれる人いないのかな~?」


 生徒さんたちの方を見ましたが、残念ながら、名乗り出てくれる人はいませんでした。


「私が作ろうか。料理はできないこともないけど。」


 意外にも、成田さんが名乗り出てくれました。ですが他の目的がないものかと少々疑わしい気がしました。


「それにしてもゆりかって、生徒さんたちに好かれているんだね。家に呼んだりもして。」


 成田さんはくつろいだ様子で、楽しそうでした。


「ゆりか先生のレッスン、普段はカフェで、そちらも楽しいですけど、たまにおうちでのレッスンやホームパーティーもしてくれるんです。そういうときは終電ぎりぎりまでお邪魔してますよ。」


 未央ちゃんが説明しました。女子の集まりとは、いつまで話しても話が尽きないものでした。


「うーん、講師としては経験乏しいから・・・みんな、優しいから先生って呼んでくれるけど、そんなにうまいわけでもないし、せめてお楽しみ担当と思って。」


 私は特に資格もなく、偶然の流れでレッスンをするようになった素人でした。世の中には立派な先生たちが大勢いますから、わざわざ自分のところに習いに来てくれる生徒さん達に感謝していました。私としては勉強よりも、仲間と会ったりお食事やおしゃべりを楽しむ時間を充実させたい気持ちでした。


「そんなことないですよ!ゆりか先生のレッスン、わかりやすいし、優しく教えてくれるし。私なんて毎回全部忘れてるのに、いつも辛抱強く復習していただいて。」


 京子ちゃんがフォローしてくれました。


「レッスンの後、みんなで日本語でしゃべるのがまた、至福なんですよね~」


 ユキちゃんが言いました。レッスンよりも、その時間の方がむしろ大切かもしれないと感じていました。


「そうそう、私もね、ほんとは全部日本語で話していたいんだけどね。」


 正直な気持ちでした。英語の授業はおまけだったかもしれません。


「なんか楽しそうですね。いいなぁ、私もゆりか先生に習おうかな?」


 成田さんは楽しげに言いました。


「あ、それはいいですね!成田さんも私たちのクラスに来たらいいじゃないですか!」


 未央ちゃんが乗り気の様子で答えました。


「え!?それはダメですよ・・・成田さん英語もペラペラじゃないですか。習う必要全くないですから・・・フランス語も・・・私が習いたいぐらいです。」


 パリではフランス語も英語も流暢に話す成田さんを目の当たりにしていました。


「いや、私は教えるのは向いてないんですよ。そういう忍耐がなくて。でも本当に、うちの会社で教えてもらおうかな?社員向けに考えていたんです。英語での問い合わせや接客も時にはあるし、管理物件の入居者さんが外国人のこともあって。私が対応できるときは良いけど、他の社員も少しは英語ができたらと思っているんです。」


 成田さんは不動産のお仕事をしていたのを思い出しました。以前いただいた名刺では代表者とありましたから、会社を経営しているようでした。


「え、ゆりか先生すごい!成田さんの会社の方達にレッスンするんですか?それは絶対良いと思います!」


 ユキちゃんが興奮した様子で弾んだ声を出しました。


「いやいや、ダメだよ~!私は初心者の方にしか教えていないから・・・ビジネス英語とかは無理です。そんなレベルじゃありませんから・・・他の先生を探した方がいいと思います。」


 思いつきでのお話と思いましたし、自分のレベルを考慮しつつ、もちろん辞退しました。


「いきなりそんな高度なことをしなくても良いですよ。それだと社員達も嫌がりそうだし。まずは簡単な日常会話や雑談レベルで良いので英語に慣れてもらいたいんです。ゆりか先生に来てもらいたいな。せっかくのご縁だし。」


 成田さんは至って気軽な調子で勧めてきましたが、会社でなどと言われると、こちらとしては構えてしまうのでした。


「ええ?でも、私では力不足な気がします・・・自分で言うのもなんですけど、会社で教えられるようなレベルじゃないと思うんです・・・」


 せっかくの申し出でしたが、気軽に引き受けられるものではありませんでした。


「ゆりか先生、そんなことないですよ!いつもすごく準備してくれていますし、わかりやすいし・・・私はゆりか先生を推薦します。」


 ユキちゃんが強い口調で励ましてくれました。


「スポーツジムの新しいクラスの皆さんも、ゆりか先生に習えて良かったって言ってましたよ。ゆりか先生がもっと活躍されたら私も嬉しいです。」


 京子ちゃんも、いつもジムで英語のクラスを宣伝してくれていました。そのおかげで新しいクラスを増やすことができましたが、やはり初心者向けの内容でした。


「成田さん、日常会話を学ぶレッスンでいいんですよね?それならゆりか先生がいつも私達にしてくれるのと同じ内容でも良いんじゃないですか?先生、せっかくですから引き受けるべきだと思いますよ!」


 未央ちゃんもしきりにすすめてきました。皆さんの気持ちは有難かったのですが、大変な圧力とも言えました。


「ゆりか先生、人気ですね・・・断るわけにはいかないんじゃないですか?生徒さんたちがこんなに応援してくれているんですよ?」


 静かな笑みを浮かべ、成田さんはたたみかけてきました。ありがたい申し出ではありましたが、自分にできるのだろうかという緊張とプレッシャーで気が重いのでした。

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