第63話 ご縁

「元気、なかったですか・・・?ここに来ると、だいぶ元気になれていたと思ったんですが・・・でも他のところではもっと暗かったかもしれません。たしかに最近はちょっと落ち込んでいたんです・・・」


 遥香さんが私の様子を見ていてくれたことに感激し、つい漏らしてしまいました。


「どうしたの、大丈夫?何かあったら聞くからね。助けられることがあるかはわからないけど、とにかく吐き出しちゃって。」


 遥香さんは心配そうに私を見つめて言葉をかけてくれました。言ってどうにかなるとは思いませんでしたが、つい彼女に甘えてこぼしたくなりました。


「いえ、実は最近、就職活動をしていたんですがうまくいかなくて・・・なかなか難しいものですね。会社を辞めてしばらくはゆっくりしたいと思っていましたが、あっという間に3カ月が過ぎてしまって。旅行へ行ったり、それなりに楽しんだのですが・・・そろそろいい加減に仕事も決まらないとまずいなと思っていて・・・」


 就職活動に関してはふるわないこともあり、人には話さずにいました。ですがこの時はつい弱音を吐いてしまいました。


「優理香さん、就職活動をしていたの?そうなんだ、知らなかった・・・確かに、会社を辞めてしばらく経つもんね。そっか、でも、だったら・・・刈谷先生、ちょっと。」


 遥香さんは近くに座っていた刈谷さんに何か話しに行ってしまいました。どうしたのかと思っていたら、私も刈谷さんから呼ばれました。


「優理香さん、いま遥香先生から仕事を探していると聞いたんだけど。実は、事務スタッフの田沢さん、ご主人の仕事の都合で辞めることになって。誰か探さなくてはと思ってたんだけど、優理香さん、興味ないかな?」


 思いもよらないお話に、空気が止まったかのような気がしました。そんな、願ってもないようなことを急に聞かされいろいろ理解しかねました。


「えっ、だって・・・私でいいんでしょうか?私はもちろん、ここが大好きですけど・・・先生方も、生徒さんも素敵な方ばかりでとても有難いお話ですけど、私で良いのかどうか・・・私にできるお仕事なのかどうかも・・・」


 この上なく有難い申し出であったにも関わらず、ついうろたえて、断りそうになってしまいました。


「優理香さんが嫌じゃなければ、全く知らない人を探すよりも、優理香さんが来てくれた方がありがたいけれど。ただし、給料や条件に関しては優理香さんの希望通りにできるとは限らないのでそれを踏まえて考えてみて下さい。」


 刈谷さんはいつもの穏やかな口調で話してくれました。生徒さんや先生たち、スタッフさんなど皆さんから慕われている優しく温かな人柄の方でした。


「あの、本当に良いのでしたらぜひ働かせて欲しいです。ここで働けたら、こんなに嬉しいことはないです。教室の皆さん、先生たちも生徒さんも良い方ばかりで・・・どうしよう、本当に嬉しいです・・・!」


 とても感激していました。刈谷さんや遥香さんにすごく感謝しているのに、うまく気持ちを伝えることができませんでした。


「こちらこそ。そんな風に言ってくれる方に来てもらえたら、こんなにありがたいことはないですよ。」


 刈谷さんは笑顔になり、明るく答えてくれました。


「良かった!そうなると、これからはもっと会えるようになるね。私も刈谷先生と、もともとサークルで知り合って声をかけてもらったの。先にどんな人か知っていれば、一緒にお仕事をするのも安心だもんね。」


 遥香さんが嬉しそうに声をかけてくれました。思いがけない成り行きで、私の就職活動は終わりを迎えることができました。

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