第62話 冬

 季節は冬を迎えていました。寒さが厳しくなり始めると、心も落ち込みがちでした。収入の乏しいせいもあり外出も億劫になっていました。かろうじて英語の仕事のあることが外とのつながりを保っていられる機会でした。


 そんな折、何人かの個人レッスンを担当させて頂いている英語教室で年末のイベントがありました。私はごく少ない生徒さんとしか交流がなかったものの、こういった行事の際には準備や雑用の人員として呼ばれていました。


 中心部よりも少し離れた所にある、古いビル内のアットホームな英語教室でした。会社勤めの頃に出入りするようになった英会話サークルで知り合った遥香さんという友人が講師をされていて、私に個人レッスンを受け持つ話を紹介してくれました。その時からのご縁でお仕事を続けさせていただいていました。


 教室は基本的には1クラス4~5名のグループレッスンで、時間帯の異なる生徒さん同士が出会う機会は少ないのですが、こうした季節ごとの行事では全生徒さんへ参加案内がされるので大きなイベントになりました。広い会場を予約して教室の先生方やスタッフさんも準備に忙しくしていました。


 打ち合わせのために何度も教室へ出向き、遥香さんや他の先生たちに会えるのは楽しみな時間でした。このところの就職活動で心が沈みがちであったので良い気分転換になっていました。


 教室の皆さんがあれこれとアイディアを出し合った甲斐もあり当日は大いに盛り上がりました。先生のみならず、生徒さん達も特技のある方はブースやコーナーを受け持ちました。英会話教室なので英語で交流するためのスペースも設置されましたが、他にも軽食、スイーツ、カクテル等を楽しむコーナーや、飲食以外にも占い、ギター演奏、歌を披露する方など、大勢の方がお好みの形で楽しめる盛大な催しとなりました。


 イベントは盛況のうちに終了しました。その後も教室のオーナーと講師陣、スタッフさんは打ち上げの会へ出向きました。もちろん私も参加させて頂きました。


「優理香さんも今日はお疲れ様でした。いろいろなお手伝い、本当に助かりました。」


 教室のオーナーである刈谷さんが会場近くの居酒屋へ連れて行ってくれました。刈谷さんは皆さんに感謝の言葉を伝え、私にも声をかけてくました。刈谷さんご本人も英語講師としてレッスンを受け持ったり、この日もイベントの複数のコーナーを受け持ち駆け回っていました。


「こちらこそ、準備の段階から楽しく過ごさせていただきました。今日はたくさんの生徒さんに会えて刺激的でしたし、打ち上げにも呼んで頂いて嬉しいです。いつもありがとうございます。」


 その頃はいくぶん気が滅入っていたので、教室の方達と会えたり、イベント準備で気持ちが紛れたのはありがたいことでした。もっと以前からも、私は英語の仲間たちには救われ続けていました。


 かつては不倫に悩み、心荒みがちでした。出口のない迷路の中で途方に暮れるような閉塞感のなかで過ごしていたものでした。ですが英語に関わることをきっかけに、好ましい人間関係を得ることができました。英語サークルで遥香さんと出会い、彼女のつてで英語教室の仕事を始めるチャンスが与えられました。その後は個人的にもカフェで教室を始めることができて、人との出会いに恵まれました。


「優理香さん、実は最近ちょっと元気がない気がしていたの・・・でも今日は楽しそうだったから良かった。このところ調子はどうなの?」


 向かいに座っていた遥香さんに尋ねられました。遥香さんはいつも明るく爽やかで、そのうえ美人という憧れの女性でした。会えばいつも元気を頂けるような方でした。


 教室では前向きに過ごせていたつもりでしたが、元気がなかったと言われ、遥香さんは鋭いなと思いました。

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