第61話 焦り

 その頃私には別の悩みもありました。前の会社を辞めてからすでに3カ月が経とうとしていました。人員整理のための早期退職制度を利用した会社都合の形でしたから、失業給付金は退職後すぐに支給されました。


 退職金が多くもらえたのと、須藤が別れる際にまとまったお金をくれたのである程度の貯金はありました。すぐに生活に困るわけではありませんでしたが、この3カ月間、形だけは職業安定所に出向いたものの、ろくに就職活動もしていませんでした。


 会社を辞めてしばらくは心を病み、家を荒らして廃人のように過ごしてしまいました。その後は英語の仕事やスポーツジムの人間関係のおかげで心身ともに回復していましたが、仕事探しは捗っていませんでした。


 もともと失業手当のもらえる3カ月間は休むつもりではありましたが、残りの期間が少なくなるとともに気持ちは焦りました。大した収入もなく、ほぼ蓄えのみで生活するのは心細いことでした。


 英語の仕事は大好きでしたが、収入的には生活どころかアパートの家賃も賄えない有様でした。昼でも夜でも気ままにスポーツクラブへ出向いたり、カフェでグループや個人の生徒さんに英語のレッスンをするのは好ましい生活でしたが、いつまでもその状態ではやがて行き詰まるのは目に見えていました。


 そろそろいい加減、新しい仕事を見つけなければ・・・


 気持ちばかりが焦り、ストレスを感じる日々でした。事務職の正職員の仕事はないものか職業安定所や求人雑誌等で探したものの、この不景気のご時世のためか、事務職の求人はほとんど見かけませんでした。


 よく見かけるのは介護スタッフや調理関係のアルバイトばかり・・・あるいはテレアポや保険業などの営業職。


 いずれも自分に向いている気はしませんでした。なにより営業は敬遠していました。前の職場で経験したと言っても、須藤がいたからかろうじて過ごせただけのことでした。


 履歴書を書くのも気乗りしない日々でした。一度、大学事務の求人に応募したこともありました。それも正職員ではなく、1年更新の契約職員でした。契約や派遣といった形態に手を出したくはありませんでしたが、しだいに贅沢を言っている場合ではなくなりました。


 面接までにも至らず、書類選考で落とされました。他にも何件かの求人に応募してみたものの、どこも撃沈してしまいました。


 やがて失業手当がなくなると心もとない日々でした。いくらか英語の仕事のあることは心の支えでしたが、もっと節約しなければと思うようになりました。


 スポーツジムへ行っている場合ではないという気もしましたが、気分転換になるのと広いお風呂に入れるのでたまに足を運びました。ユキちゃんや京子ちゃんもいましたし、ほかの仲間たちや成田さんとのつながりのできた大切な場所でした。


 こういった状況でしたが、パリに旅行をして良かったとつくづく思いました。もう少し遅いタイミングだったならば行けなかった気がします。失業手当が給付されている期間だったからこそ決断できたのだと思いました。


 すでに生活は貯金に手を付けざるを得なくなっていました。本当はこの頃もまだ、須藤のように不動産を購入し、その収入で生活をするという夢もありました。ですが安定した職もなく、いずれは頭金として使いたいと思っていた貯金も減りつつあり、非常に実現の見込みの薄い、はかない願望に思えました。

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