第52話 恋と、愛
彼に背を向け早歩きで自分の宿へと向かいました。
・・・成田さん、送ってくれると思ったのに、私をお持ち帰りするつもりだったんだ。
それもそうかと思いました。お互い大人でしたし、当然ありうることだったのかもしれません。
ですが私は、そのように何気なく体の関係を結ぶことは考えられませんでした。
須藤の時は特殊でしたが、貴之と付き合った頃は・・・
お互いとても若い頃でしたが、時間がかかりました。互いに好きな気持ちは強かったのですが、貴之は・・・
あの頃、初めての恋人であった貴之に夢中でした。早く彼に抱かれたいと願いましたが貴之は急ぎませんでした。毎日のように会いながら、時間をかけて少しずつ、彼は私に触れました。
それもまたあの頃の自分達にとっては自然で、私は大事にされているように感じて嬉しく思っていたものです。
・・・なぜ今になって、昔の貴之を思い出してしまうのか。一生でこの人だけだと思って結婚をして、彼は次第に冷たくなっていったのに。そして私自身も・・・
あの頃は、あれほど愛し合っていたのに。
いいや、あれは愛とは言えなかった。ただ私達は恋をしていた。
恋は激しく、たやすく相手にのめり込みやすいもので・・・
残念ながら、この恋というのは限られた期間であるようです。相手を知り始めた頃から、もっと知りたい、もっと近くにいたい、そんなときめきに心が浮き立って・・・
ですが恋には賞味期限があるようです。ある程度相手を知り尽くすと、しだいに感情の高ぶりはおさまってゆきます。
その後もその相手と関係を続けてゆきたいかどうかが、恋から愛へ移り変わるタイミングなのかもしれません。
特別な期間を過ぎても、相手を好きで大切に思えるのか。その好意をゆるぎないものへ育ててゆけるのか。
私と貴之は、その恋の先にあったのかもしれない、ゆるぎないところまではたどり着けなかったのでしょう。
貴之に限らず、誰ともそんな風にはなれないのかもしれない。恋の期間を過ぎたならば、何度も体を重ねてしまえばその先は、冷えるしかなくて・・・
須藤と付き合っていた頃も・・・あの人はいつも優しく包容力がありました。ですがいつかまた、彼が既婚であるかどうかに関わらず、やがて彼も冷たくなって、私を求めなくなるだろうと・・・いつも私は恐れていたような気がします。
私が男性に対して積極的になれないのは、過去の苦い経験が関係しているのかもしれないと思い当たりました。
どうせ、男の人なんて・・・
ついそんな風に思いがちであること。男性がすべて、貴之のようであるはずもないのに。
成田さんは、貴之よりもずっと良い人だとは思うけれど・・・
でもあんな態度を取ってしまったら、もう私になど興味を失くしてしまったに違いない。
・・・けっこうひどい事を言ってしまったような気がする。
むしろ、ひどいことをしたのだろうか。パリまで来てくれるような人は、普通はいないに違いありませんでした。
でも、三回会えば良いとか、そんなの無理だから・・・
もやもやと考えつつ歩いていると、後ろから聞き覚えのある声がしました。
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