第47話 夕食

 それほど遅い時間ではありませんでしたが、冬の近い季節で日が短く、すでに夜になりつつありました。


「もうこんなに暗いんですね・・・そろそろ戻りましょうか?成田さん、朝の到着で時差もありますしお疲れじゃないですか?」


 もう帰る時間と思って尋ねましたが成田さんは不思議そうな顔をしました。


「え?まだ早い時間ですよ。夕食はどうするんですか?」


 驚いたように聞き返されました。


「私はテイクアウトとか、夜に出歩くのは怖いので部屋で食べていました。バゲットをかじっていれば美味しいですし、チーズもワインも買えますし・・・」


 旅の後半はアパルトマンを予約していて、自炊もする予定でした。貯金を切り崩す生活をしていたこともあり外食費を節約しつつ、貧乏旅行とも言えました。


「・・・ゆりか先生、何を言っているんですか?パリですよ・・・?ここまで来て、そんな過ごし方しなくても・・・」


 いくぶん呆れたような顔を向けられまごつきました。そう言われてみれば、パリまできて引きこもらなくても、と思いましたが一人旅でしたし、夜の外国で外にいたくはありませんでした。


「せっかくの旅行が勿体ないじゃないですか。私だってひとりで食事したくないし、付き合ってもらいますよ。行きたい店があるんです。」


 成田さんの言い分もごもっともでした。夕食もご一緒することにしました。


「ちょっと面白い店があって。大衆食堂っぽい感じだけど、独特の雰囲気があって好きなんです。パリにしては安くて早くて、古き良き時代を感じられるスポットだと思います。」


 成田さんと歩いておすすめのお店へ向かいました。ひとりは嫌でしたが、彼と一緒ならば夜も怖くはなく楽しく感じられました。夜のパリもまた魅力的なのでした。


 成田さんに連れられて行ったのはかなり人気のお店のようでした。外に人が並んでいましたが、長く待たされることはなく意外と早くお店の中に入れました。成田さんは本当にパリに詳しいようでした。昼間のカフェに入るのが精いっぱいのビギナーな自分とは大違いでした。


 店内に入るとまずはその雰囲気に圧倒されました。お店の中はとても広く、お客さんが大勢いて大変な賑わいでした。内装はクラシックで美しく、天井がとても高く、あらためて外国へ来たという実感がわきました。うまく言えませんが、かつて映画で見たことのあるような光景で、喧噪とも言えるような活気と人々のエネルギーに満ちていました。


 成田さんはウェイターの男性と慣れた様子で挨拶を交わし、人数を伝えました。見知らぬ方たちのいるテーブルへ案内され、相席になって驚きましたが、成田さんは心得ている様子でした。臆することもなく先にいた方たちに挨拶をして席につきました。先に食べていた方のお料理を指さし何か話していました。お料理について尋ねながら、会話を楽しんでいるようでした。


 私はとにかく圧倒されて、あたりを見回してばかりでした。


「なんか、すごい所ですね・・・!すごい活気で、映画の中にいるような・・・」


「パリの名物の店なんですよ。料理は当たりはずれありますけど。でもこの雰囲気を味わいたくて、つい来てしまいます。」


 ウェイターの方にメニューを渡されましたがフランス語で読めませんでした。


「せっかくなので、フランスらしいものを注文しますね。フォワグラとか、エスカルゴとか、食べられますか?」


「あまり食べたことがないのですが、ぜひ食べたいです!」


 フレンチレストランでフォワグラは少しだけ食べたことがありました。少量でしたが美味しかった記憶がありました。


「あとは、ネギとパテも食べたいな・・・メインは鴨と仔牛にしておきましょう・・・ワインは赤ですよね。デザートはまた後で注文しましょう。」


 成田さんがお店の方に注文を伝えると、なぜかそのスタッフの方はテーブルにかかった紙のクロスに注文を記入していました。


 え、そこに書くの・・・?


 大変味わいのある文字で、というか殴り書きのようでまったく読めませんでした。予想外のアクションに楽しい気持ちになりました。


「こういうシステムなんですね。いろいろ驚かされて、好きになってしまいますね。」


 わくわくしながら成田さんに伝えました。


「この店、もう1世紀ぐらいはあるらしいですよ。料金も安いから地元の人にも観光客にも人気で。パリへ来たら、一度はここに来なきゃと思って。」


 札幌と比べると、パリではそのへんのカフェの食事でも高額でした。ですが確かにこのお店のメニューは品ぞろえが豊富で料金もリーズナブルで、居酒屋のような感覚で楽しめそうでした。

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