第45話 直感

 こんな人に誘惑されたらひとたまりもなさそう・・・


 危機感を抱きましたが、私の焦りをよそに、では見に行きましょうと何事もなかったように成田さんは言いました。私たちは順路に沿って建物の中を見学しはじめました。


 パリの街に無数に並ぶアパルトマンのひとつがその美術館でした。今は亡き画家その人の邸宅だったようです。当時の趣のまま保存された部屋の様子を眺めるのも興味深いひとときでした。


 階段を上って上階へ進むと多くの作品が展示されていました。私はその画家の人についてはまるで知識もありませんでした。


「ゆりか先生はどうしてここへ来たかったの?」


 辺りを見回しながら、ふと成田さんに尋ねられました。


「たまたまテレビで見て・・・なぜかどうしても、ここへ来たいと強く思ったんです。これです、この螺旋階段のある映像が目に焼き付いて。必ずここに来るんだと直感したんです。」


 その画家のアパルトマン兼美術館は上階ほど広くなり、美しい内装の中でさまざまな絵が展示されていました。吹き抜けになった天井の高い空間にとりわけ目を引く美しい螺旋階段があり、そこを上るとまた別の作品を鑑賞できました。幻想的な作風にも心打たれましたが、歴史ある邸宅の内部空間もまた非日常でした。


「まさかの、絵じゃなくてこの螺旋階段が見たかったんですか?それでパリまで来たんですか。」


 成田さんは小さく笑いました。


「ゆりか先生、おもしろいですね。そういうの好きですよ。私も、あなたとパリへ来ようと思ったのは直感だったかもしれないけど。」


 成田さんにフランスへ行きたいと話した時のことを思い出しました。一緒にと言われ、はじめは彼の言葉を本気とは思いませんでした。ですがこの人にとってパリはもっと身近な存在だったのかもしません。


 ふと訪れた、心のときめきに従ってこんなところまで来ました。テレビで見かけた場所を気に入ったのは何気ない出来事でした。以前はだからと言って、実際に飛行機に乗って外国まで来ることはなかったと思います。


 少し前の私はほとんど死んでいたから・・・ゴミとがらくたでいっぱいの、汚く散らかしっぱなしの部屋で、体も心も重くて、多くの時間を寝ていることしかできなかった。


 ですが部屋が片付くと嘘みたいに元気になれて、スポーツジムにも通うようになって。部屋は綺麗な状態で保たれていました。動くのが億劫ではなくなって、やりたいことを実現できるようになりました。


 私の生き返った象徴がパリという街で、隣には成田さんがいて・・・


 我ながら少し、ドラマティックすぎるかもと思いました。

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