第38話 苦戦

 折りたたみ傘は持っていましたがスーツケースの中でした。その場でスーツケースを広げて探すのは憚られたので濡れる方を選びました。折りたたみ傘は手荷物に入れるべきだったと学びました。


 私は地図を読むのが苦手で方向感覚も乏しいので、ホテルを探すのも苦労しました。事前に予習はしていました。バスの終点から歩いてそれほど遠くないはずのサンラザールという駅の近くにホテルを予約していました。ですがまずはどの方向へ向かって良いのかわかりかねました。


 とりあえず周辺を歩き回れば、わかりやすい建物があるかもしれない・・・


 地図に載っている建物のどれかを見つけられれば、方向もわかるはず・・・


 そう思い立って当てずっぽうに歩きだすと、余計に自分がどこにいるのかわからなくなってしまいました。どうやら、やみくもに動かない方が良さそうだと再び学習しました。


 そんなことをしているうちに、バスを降りてから30分以上過ぎていました。15分も歩けばホテルに着くはずだったのに、一体自分は何をしているのかと途方にくれました。


 どうして地図も読めなくて、自力で旅ができるなんて思ってしまったんだろう・・・?


 タクシーを見つけられたらと頭をよぎりましたが、フランスではそのへんを走るタクシーをつかまえて乗る方式ではないと本で読んだのを思い出しました。タクシー乗り場というものを見つけなくてはならないらしく、ハードルが高いのでその方法は諦めました。


 本当に宿へたどり着けるのかと不安になり、誰かに聞いてみようと決意しました。でも、誰に?道行く人?観光客だったら?


 少し考えて近くにあった薬局へ入りました。お店の店員さんならきっと、地元の人だと思いました。


 お店に入るときはこちらから挨拶をする、と本で読んだのでフランス語で挨拶をしました。女性の店員さんも返事をしてくれました。


 地図を指さしながら、英語でサンラザール駅方面へ行きたいと伝えました。


 店の女性は地図と駅の名前を確認すると、フランス語で話し始めました。お店の外へ出て、地図と照らし合わせながら通りの名前を説明してくれたようでした。周辺の建物の壁についている文字も、通りの名前だということがわかりました。


 フランス語はさっぱりわかりませんでしたが、駅方面への方角がわかったので、お礼を言ってお店から出ました。ほんの少し会話をしただけなのに、ひどく汗をかいていました。


 なんとなく方向がわかり、宿に向かって何人かの人に道を尋ねました。きちんと方角がわかるとサンラザール駅は遠くはなく、10分程度の道のりでした。そこからさらに数分歩くと宿を見つけられました。小ぶりの目立たないホテルでした。


 すぐに方向がわかっていれば、本当に15分で着けたのでしょうが、寒い季節で夜の雨の中、スーツケースを引っ張りながら1時間近くも右往左往してしまいました。


 ようやくホテルへたどり着くと、小ぶりなロビースペースとカウンターがありました。ホテルの男性へ挨拶をして、あらかじめ印刷しておいた予約確認書を差し出しました。日本語と、英語で書かれたものを準備していました。できればバスタブ付きの部屋にしてほしいとリクエストを伝えました。


 スタッフの人は若い男性で、なにやら取り込んでいたのかなかなか対応してくれませんでした。


 なんとかホテルまでたどり着けてほっとしていたので多少待たされても気になりませんでした。カウンターの前で待っていると、ようやくスタッフの男性は対応してくれました。


 ですが、画面を見ていたその人からこともなげに告げられました。


 あなたの予約はないようです、と英語で言われました。

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