第37話 フライト

 旅行の出発日まで、奇妙に浮足立った、それでいて心もとない日々を過ごしていました。成田さんは私がパリに着いた数日後に到着の予定でした。私は英語の仕事を調整し約10日間の滞在日程でしたが、成田さんはごく短い日数しかいられませんでした。なのに、パリまで来るなんて。移動の時間や費用を考えると勿体ないですし、変わった人だと思いました。


 飛行機の旅は少しも慣れてはいませんでしたが、特に大きなトラブルもなく、乗り換えも問題なく済ませることができました。わからなければ係員さんに尋ねれば親切に教えてもらえますし、とくに不安がる要素もなかったのだと気付きました。


 ですが乗り換え後約12時間半のフライトはひたすら長い時間でした。初めこそ国際線に乗るのは刺激的に違いありませんでした。機内誌をめくったり、沙也や生徒さんへのお土産を機内販売の冊子で物色してみたり、隣の席の外国人男性と拙いながらも英会話をしてみたり、飲み物や食事がサービスされることに興奮していました。


 最初の数時間こそは舞い上がっていましたが、それでも機内で過ごす時間が長くなるにつれうんざりしてきました。小さな画面で映画を観つつ気を紛らわせていましたが、狭い座席で長時間過ごすのは難儀でした。


 せめて眠れたらと思いましたが、私はどこでも寝られる体質ではありませんでした。機内は何かと放送がかかって騒がしく、首が痛くなったり、眠気を感じつつも寝られない時間がひたすら長いのでした。


 外国への旅は華やかでときめくようなイメージがありましたが、このような苦行も含まれていたのかと新たな発見でした。


 フライトの終盤には身も心もやつれていましたが、飛行機は無事フランスの空港へ降り立ちました。寝不足と疲れで頭がぼんやりして、異国の地へ降り立ったという感激はありませんでした。


 飛行機を降り、空港へ足を踏み入れるとどちらへ向かったものかもわかりかねました。とりあえず他の人々の後へついてゆき、入国審査を済ませました。その後の空港内の景色は見知らぬ空気感が強まり、異国へ来てしまった実感がわきました。ここからは自力でホテルへ向かわなくてはならないという緊張感に見舞われました。


 パリ市内まで行くには空港バスに乗れば良いと下調べしてありました。バス乗り場を見つけるのに少し手こずりましたが、つたない英語を駆使しつつ、なんとか目的のバスへ乗り込みました。バス内は混んではおらず、スーツケース置き場も備えられていました。


 バスからの眺めはいわゆるパリのイメージとは違っていました。郊外なのでむしろ殺風景に映りました。パリ市内までは1時間ほどかかるらしく、街に近づくにつれ風景がにぎやかになってきました。見知らぬ横文字のお店の看板や見慣れないホテルチェーンの名前に新鮮な気持ちになりました。


 バスが街の中心部に入ると、そこはまぎれもなくパリでした。この街は古く美しい建物がどこまでも続いていました。私は窓の外の景色に釘付けになっていました。


 バスは終点にたどり着き、皆が降りたので私も同じように降りました。私の予約したホテルはそこから徒歩15分以内の立地なので歩いて向かうつもりでした。ですが方向がまったくわかりませんでした。


 その頃は冬に近い季節で、時間はまだ夕方ながら、すでに夜のようでした。心細い気持ちで周囲を見回していると小雨が降ってきました。


 とうとうパリに着いたというのに、歓迎されている気はしませんでした。

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