第35話 思い違い
「ゆりか先生、やっと会えましたね。なかなか合わせてくれませんよね。やっぱり私、嫌われているのかな?」
ある平日の昼間、マシンで運動していると成田さんに声をかけられどきりとしました。避けていたつもりもなかったのですが、同じ時間帯を選んで行くのも照れ臭いことでした。
「え?まさか・・・しばらくタイミングが合わず、すみません。でも私の参加するようなプログラムは、成田さんは出ないでしょうし・・・」
時おりスタジオのプログラムに参加するのが楽しみでしたが、ヨガやピラティス、フラダンスなど、私の選ぶものは女性向けで運動度の低いものばかりでした。
「やっと、お近づきになれたと思ったのに。ところで旅行の日程は決まりましたか?」
感じ良く言葉をかけてくれた成田さんの、凛々しくセクシーな風貌にまた言葉を失いかけていました。見た目に惑わされてはいけないと思いました。きっとこの人は結婚しているだろうから・・・
「はい、もうすぐです。チケットも取りましたよ。再来週に出発します。いろいろ教えていただいたおかげで早く行きたくなってしまって。わくわくしています。」
笑顔で伝えましたが、心なしか成田さんの表情が曇りました。
「・・・再来週?ちょっと急ですね。私も合わせて行きたいと思ってたのに。もっと早く教えてくれていたら・・・」
「え?成田さん、本当にパリへ行くご予定があったんですか?」
驚いて聞き返すと、彼は腑に落ちないといった表情でした。
「ゆりか先生とご一緒しても良いと聞いていたので。迷惑でしたか?」
端正な顔立ちに眉をよせ、咎めるような眼差しを向けられ困惑しました。
「え、でも、てっきり冗談かと思って。知り合ったばかりでしたし、お話するようになったのもつい最近で・・・」
すっかり混乱していました。からかわれているのだろうか?それにしては、まるで怒っているかの様子だけど・・・
怪訝に思いつつ彼を見返すと少しの沈黙がありました。
「・・・私は本当に、ゆりか先生とパリへ行こうと思ってましたけど。」
まるで傷ついたかのような眼差しを向けられ慌てました。あの状況で、本気と取れる人なんているだろうか?思いがけず私の方が、いい加減な冗談を言ったかのようになるなんて、普通は考えられない気がしました。
「成田さん、私は別に、一緒に行くのが嫌だというんじゃないのですが、外国ですし、まだそんなに親しいわけでもなかったので・・・」
なぜ私が弁解しなくてはという思いもありましたが、彼から落胆したような目を向けられ動揺しました。
「そうだったんですか。またやってしまったかな・・・私は勘違いしてたみたいですね。時おり人とかみ合わない時があるので。」
視線を落として呟く彼の様子に驚きました。この人は、本気だったのだろうか?本当に私とパリへ行くつもりだったのか。そんなことがあるのだろうか・・・?まだ信じられない思いでしたが、急に申し訳ない気持ちになりました。
「いえ、成田さんはお仕事もされていますし、私の都合に合わせていただけるとも思っていなくて。私は仕事もなくて、チケットも平日出発で格安の、変更がきかないものにしてしまって・・・」
成田さんは黙って私を見つめ続けていました。気まずい沈黙の中、どう取り繕ったら良いのかと途方にくれました。
「ごめんなさい・・・もちろんパリへご一緒できたら嬉しいですけど、そんなことあるわけないと思って・・・成田さんみたいな方が、私のことを気にしてくれると思えなかったんです。成田さんはいつも素敵だし、もてるでしょうし・・・」
もごもごと言い訳がましく伝えていると、不意に成田さんの顔が明るくなりました。
「ゆりか先生、大丈夫ですよ。本当に私も行って良いなら、詳しい日程を教えて下さい。短い日数でもなんとか調整します。現地でお会いしましょう。」
また耳を疑いました。本当にパリへ、一緒に来てくれるのだろうか?でもやっぱり信じがたいけれど・・・
「わかりました。日程は、再来週の・・・」
半ば圧倒されながら、旅行の日程を伝えました。
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