第31話 成田さん
沈んだ気持ちで歩いていると、背後から声が聞こえました。
「・・・ゆりか先生、ゆりか先生!」
名前を呼ばれたような気がして振り返ると、成田さんがいました。私は驚いて固まりました。
「・・・ゆりか先生って・・・いや、急に帰ってしまうとか、きついですね。ごめんなさい。失礼なことを言ってしまって。」
困ったような顔つきで成田さんは苦笑いしました。
「私のせいですよね?ほんとにすみません。余計な事を言ってしまうんです。失言が多くて・・・すみません。ほんとに間違えた・・・そんな顔しないで下さい。」
私はなぜだか、泣きたくなってしまいました。確かに彼の言葉に傷つきもしました。ですがそれは、私自身が今も自分を蔑んだままでいたせいでした。この人がわざわざ私を追いかけてきて、お詫びを言ってくれたことに心揺れていました。
「・・・いいえ、そんな、気にされるほどのことじゃないので。なんとなく、居づらい気がして帰りたくなってしまっただけなんです。成田さんのせいじゃありません。」
思わず目を逸らし、小さく答えるのがやっとでした。
「ゆりか先生、ちゃんと言って下さい。私のせいでしょう?まずいことをしたら教えて下さい。私ってすぐにへまをして、失敗ばかりで困った奴なんです・・・許してもらえますか。」
成田さんは私の顔を覗き込むようにして、真剣な面持ちで言葉をかけてくれました。
卑屈になっていた自分の心が溶けていくようでした。嫌われていると思い込んだ相手が、自分を気にかけてくれたことに驚き、救われた気もしました。
「・・・いいえ、私こそ、急に失礼してしまってご心配おかけしました。成田さんのことを怒っていたとかじゃないんです。私、いろいろコンプレックスがあって・・・」
言い訳がましく説明しそうになりましたが、言葉に詰まりました。詳しく話したいことでもありませんでした。
「ゆりか先生、ついでにどこかで飲みませんか?ご馳走します。仲直りしたいので。」
成田さんは安堵した様子で、話題を変えるように明るく誘われました。私はしばし彼のことを見つめていました。どうしたものか、戸惑っていました。整った目鼻立ちはそのままで、ですが真摯な表情にはいつもの妖しいオーラは感じられず、この人はそんなに恐ろしい人ではないのかも知れないと思い始めていました。
「・・・えーと、カラオケスナックは嫌です。カラオケを歌わされるのはトラウマなので・・・あと、さっきのお店ではあまり食べなかったので、高級な美味しいものを頂きたいです。お金のかかる女なので。」
虚勢を張って、嫌味を言ったつもりでしたが成田さんは吹き出しました。
「カラオケスナックって・・・どんなトラウマですか。でもはっきり言ってくれた方が助かります。高級な美味しいものですね?近くに良い店を知っています。行きましょうか。」
心得たりという表情で成田さんは笑いました。心撃ち抜かれるような素敵な笑顔でした。この人に、心許さずにおこうと思いながらも、難しいかもしれないと奇妙な予感がしました。
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