第17話 記憶

 私はのそのそと立ち上がり、キッチンの戸棚から自治体指定のゴミ袋を取り出しました。


 捨てよう。とにかく捨てよう。プラスチックとか紙とか、分別も考えないで全部捨てよう・・・必要なのかそうでないとかも考えないで、とにかく、捨てられるだけ捨てよう・・・


 そう決意し、まずはリビングのテーブルの上に山積みにされた食品のパックやペットボトル、食べかけのお菓子、雑誌、何かのチラシ、諸々の書類等、手当たり次第にゴミ袋の中へ投げ入れました。


 テーブルの表面が露わになるのは久しぶりのことでした。大げさな話ですが、薄暗く濁った空間に、まるで光が差したかのようにも感じられました。


 もっと、捨てよう・・・!


 床の上に散らかった同じようなゴミやがらくたにも手をのばし、ひたすらゴミ袋へ入れました。少しずつ床の表面があらわれ、スペースができるごとに調子も上がってゆきました。ガラス瓶や燃やせないものも、別のゴミ袋を用意してどんどん袋に詰めました。すぐに袋がいっぱいになりました。


 どうして私、こんなにしちゃっていたんだろう・・・


 数時間かけてゴミやいらないものを捨て続けました。リビングはだいぶ片付いてきていました。


 隣の寝室へ移動し、こちらの不用品にも着手しました。洗濯していない服は洗濯機に放り込み、着なくなった服の古いものはゴミ袋へ、新しくてもそれほど気に入っていなかった服は別の袋にまとめました。


 須藤からのプレゼントも多くありました。高級なものもありましたが、自分がもともと望んで欲しかったものでもなく、持て余していました。自分で選んでいても、無意識のうちに須藤の好みに合わせていたものもありました。


 気が付けば、欲しくもないものに囲まれていたような気がしました。


 私はずっと、おかしくなっていたのかもしれません。ずっと以前から、そうとは気付かぬまま、自分らしくもないあり方を自分に押し付けていたような気がしました。


 私は、無理をしていたのだろうか・・・


 きっとそうに違いありませんでした。


 上司の愛人になるなんて・・・不倫なんて・・・


 冷静に考えれば、狂気の沙汰でした。人に言えることでもありませんでした。


 そんなことはわかっていた。でも、そうだったとしても・・・


 私の心のどこかから、微かに、反論するように呟く声がしました。


 あの人のことが好きだった。


 私は、須藤のことが好きだった。


 私はまだ、あの人が恋しいだろうか・・・?


 そう自分に問いかけてみると、心崩れそうになりました。


 少しずつ干からびてきていたように思えた傷が、また新たに膿み出すかのようにずきずきとしました。


 須藤部長・・・あなたのことを思い出したくはないのに、想っていたい私もいるんです・・・


 あの人と過ごしていた、戸惑いつつも新鮮で楽しかった時間が心をかすめていました。


 私はあの人に愛されていた。大切にされていたから・・・


 その存在を失った空虚さに、絶望に心折れそうでした。再び私を襲う喪失感に、また涙がこぼれ落ちて止まらないのでした。

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