第15話 ある要望

「・・・では、今日はここまでにしましょうか。お疲れさまでした。」


 準備してきたプリントを学習し終えると、ほっとした空気が流れました。オーナーのヒロさんはレッスンが終わるのを見計らい、あらかじめ注文していた食事を運んでくれました。


 レッスン後の食事では日本語で思い切りおしゃべりできるので、授業よりもこの時間の方が重要かもしれませんでした。いくつかの飲食店で調理経験のあるヒロさんのお料理はどのメニューもはずれなく美味しく、オムライスやカレー、週替わりのパスタなど、洋食メニューが充実していました。


 勉強後の食事タイムは大いに盛り上がりました。ユキちゃんと同じ部署のおじさんは頻繁に登場し、はずせない話題となっていました。私も勤めていた頃は、職場で耳にしたおやじギャグをよく披露していたものでした。


「そうだ、来月のスケジュールも決めておきましょうか。皆さん予定がわかっているなら再来月も決めちゃいますか。」


 ふと思い出して伝えると、思いがけない返事をされました。


「・・・そういえば、ゆりか先生のおうちにも行ってみたいです。先生のおうちでレッスンしてみたい!」


 そのような発言をしたのは未央ちゃんでした。私はオムライスをいただきながら、息が詰まりそうになりました。


「・・・ああ~、そういう話もあったっけ。でも、平日の夜からだと、移動が・・・土日でみんなが都合つく日だったら良いかもしれないけど。」


 私は自室の惨状を思い浮かべ、内心おおいに動揺しつつも、極力平静を装って答えました。たまには自宅レッスンも気分が変わって良いかもしれない。まだ須藤と付き合っていた頃、部屋が片付いていた頃はそのような案も出したことがありました。


「いいんですか?ゆりか先生のおうち、すごく行きたい!スイーツ持って行きます!なんならお酒とおつまみも持って行きますね!」


 目を輝かせながらユキちゃんも声を弾ませました。私はますます焦りました。


「え・・・でも、そんなすごく期待するような家じゃないんだけど・・・古いアパートだし・・・いまちょっと散らかってて、掃除がんばらなきゃだけど・・・」


 自室の荒れ加減を知っている私は口ごもりましたが、彼女たちは察してくれはしませんでした。


「とか言っても、ぜったいキレイそう!私もゆりか先生のおうち行きたい!来月のレッスン、先生が土日空いている日があったらその日にしたいです。みんな、全力で合わせようね!」


 京子ちゃんもはりきった声で言いました。私は内心困り果てていましたが、スケジュール帳を取り出して翌月の予定を確認しました。


「それじゃ、え~と・・・14日とか?だめだったら、21日でも・・・」


 この頃の私には土日の予定など非常に乏しかったのですが、家の片付けを間に合わせるのに多少の猶予が必要でした。彼女達に汚部屋生活なのを知られてしまっては・・・手当たり次第、ものを捨てなければとはやる気持ちでした。


「14日、大丈夫ですよ~ユキちゃんと京子ちゃんは?」


 未央ちゃんが尋ねると、残りのふたりもOKです、大丈夫です、と返事をしました。彼女達は嬉しそうで、私の家に来ることを楽しみにしてくれている様子でした。


「・・・じゃあ、14日は自宅にします。1時頃からレッスンして、その後はゆっくりしていってね。待ち合わせ時間や場所はまた連絡するね。」


 その時自宅はとても人を呼べるような有様ではなかったのですが・・・生徒さん達が盛り上がっているせいか、私も少し楽しみになってきました。


 帰ったら、すぐ片付けに取りかかろうと決意していました。

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